2008年1月22日に東工大で開催された「思想地図」の創刊記念シンポジウムを聴講してきた
テーマは「国家」であった
各パネラーの議論をレポートしたい
私の記憶にもしも誤りがありましたらご指摘ください
お詫びして訂正させていただきます
・北田暁大
浅田彰風の立場
フーコー、ギデンズ、アンダーソン、ホブズボウム、バトラー等に言及
性差・ナショナリズムへの言語論的なアプローチについて語り、それらの脱構築の可能性についてさらりと解説
社会構成主義の立場について説明するが、構成主義と構造主義の違いの定義が分からないと、聴衆が乱入する局面も
東氏はハーバマス主義者的なんじゃないかと指摘
中島に対して、保守における伝統も、コミュニタリアンにおけるコミュニズムも、説明不能の概念ではないか、動機づけとしてのナショナリズムは機能するのか、実感として理解できない、といった趣旨のことを反論
90年代半ば以降、新しい歴史教科書を作る会、嫌韓等のプチナショナリズムは特に、サブカルのものであった
それらのサブカル的なナショナリズムと、社会構成主義の立場は、表裏のものとして出てきたが、双方はともに国家を「幻想」としてとらえることに特徴がある、とシンポシウムのまとめをなす
・萱野稔人
暴力機関を独占するものとしての国家について解説
警察機関としての国家、という話は、重要な論点足りえたのだろうか?
・中島岳志
学生に、モノまねがされそうなちょっと癖のある語り口
西田幾多郎、ガンジー、陸羯南、竹内好、福田恆存、アレント、丸山眞男、フーコー、本居宣長、橋川文三、三島由紀夫等に言及
ルソーの「一般意志」の話題を持ち出す東に対し、橋川文三、三島における「天皇」の問題を対抗させる
生の実存を見出すための、「方法としてのナショナリズム」を訴える
・白井稔
コミュニタリアンの立場を代表
アルチュセールのルソー論、ゲルナー等に言及
マルクス主義における「国家論」について、最後の最後に少しだけしゃべる
しかしむしろ、このシンポジウムは、そこから始めてもよかったのじゃないか?
吉本隆明『共同幻想論』以来の、日本における国家論にどんなものがあったのか
このシンポジウムは、新左翼系、批評空間派系の国家論が、それと名指されて言及されていなかった
意図的に皆がその話題への言及を避けること
その点が、むしろ、「極めて政治的」だったのじゃないか?
70年代生まれの知識人の集まる場が、どんな傾向を帯びるのか、その特徴が露出しているかのようで興味深い
また、大澤真幸や小熊英二や、あるいはPC派の論客がもしもいたら、どんな展開になっていたのかも、気になるところ
・東浩紀
ルソーの『社会契約論』を中心に据えて論を展開
ホッブズにおける「暴力」、ロックにおける「所有権」、マルクスにおける「商品」に対し、ルソーにおける「一般意志」は、実際に存在しうるものなのか?
「一般意志」という疑わしい概念が中心に据えられたルソーの『社会契約論』のようなものに基づき運営されている現状の議会制民主主義の制度は、うさんくさい
そんなもの、なくしてしまえないものなのかと問題提起
ウェブにおけるコミュニティは、一つの社会参加である、と考えている節をみせる
社会における個々のコミュニティが、総体として、重層的に決定していくようなアーキテクチャが作れないか、ということを考えているよう
また、PC派への批判も念頭にあるよう
以下、「
東浩紀の渦状言論: シンポに向けてのメモ2」を、少々細かく読んでみたい
「ま、実際、ぼくは「ノンポリ」なんだろう。しかし、政治ってなんだろう? 靖国とか格差とか言ってれば政治なのか? 選挙とか内閣とか? 本当に?」
→靖国、格差、議会制民主主義などの、通常あがる国家論の論点をずらしている
「ぼくは「政治」という言葉は、個々人の立場表明を意味するのではなく、社会共通の資源のよりよい管理方法を目指す活動を広く意味するべきだと考える。だとすれば、それは必然的に、物語なき進歩主義、というか物語なき改革主義の立場になるはずだ。それなのに、物語の衝突ばかりが「政治」だと思われるのはなぜなのか。」
→ここで言及されている「物語」とは何なのか?
「政治と文学」という問題機制へ、どのように対応するのだろうか
「そもそも、いまの時代、友と敵ってなんだろうか。物語ってなんだろうか。冷戦崩壊まで、政治は確かにイデオロギー=物語の衝突の場だった。そして、それには現実的意味があった。その時代は、確かにイデオロギー=物語はひとびとの資源配分の方法を規定していたからだ。そして、イデオロギー=物語の数も極端に少なかった(二つか三つだった)からだ。」
→マルキシズムとアメリカニズムについて、言及している
「イデオロギー=物語の数も極端に少なかった」というのは、本当に正しいのだろうか?
認識の側の問題という気もいくらかする
「まあ、ともかく、ぼくの思うに、ぼくたちはまず、「政治的であること」とはなんなのか、そこから根本的に考え直さねばならないのだ。ぼくは『思想地図』は「政治的」な雑誌にしたいと思うが、それは、この世界のよりよい資源配分について語りたいからであり、物語=イデオロギー闘争をやりたいからでも、また弱者代弁競争をやりたいからでもない。」
→ここの主張は納得できる
「しかし、政治の本来の目的が共通資源のよりよい管理にあるのであれば、その過程が必ずしもそういう人間的で高級なコミュニケーションに結びつく必要はない。ポリシーなき政治、討議なき政治だってありうるはずだ。アーレントの言葉で言えば、政治を、「活動」の場ではなく、「労働」(=消費)の場に落とすこともできるはずだ。つまり、無意識で工学的な意志決定の場所に(なお、「よりよい」という価値設定にこそが問題で、その部分にこそ実際は功利主義的イデオロギーが入りこんでいるだからだめだ、的な反論が容易に思いつくが、それについてはここで再反論するのはやめておく)。」
→「政治を、「活動」の場ではなく、「労働」(=消費)の場に落とす」「つまり、無意識で工学的な意志決定の場所に」
というところが、東氏の持論なのでしょうね
環境管理型の権力というやつですね
具体的にはどうするのか?
マクドナルドの椅子を固くする、ホームレスが横になれないよう突起をつける、駅のホームで、飛び降りができないように壁をつける、ウェブでの自動的な誘導システムを作る、等が具体例としてあるのだろうけれども
それらの権力操作は、経済的効率を重視する方向で、功利主義的なイデオロギーに基づいてなされているわけであろうし
「ここで「資源」というのは、むろん経済的なことだけではない。たとえば、ぼくは、Googleの出現はとても「政治的」なことだと考える。なぜなら、それはぼくたちの世界の知的資源の配分を変えたからだ。あるいは、9.11以降のテロの問題も「政治的」だと考える。しかしその理由は、そこで資本主義とイスラムが戦っているとか、アメリカの地政学的野望がどうとか、そういうことではない。世界のセキュリティ化は、リスクという資源の配分を大きく変えたからだ。格差問題も環境問題も同じだ。要はぼくたちは、「政治」としては資源配分のより巧妙な方法だけを考えていればいいのだ。」
→「Google」と「9.11以降のテロ」が、現代における「資源」分配の一つ焦点だと設定し、ここに「政治」の問題を見出している
「たとえば、ぼくは富の再配分はがんがんすべきだと思う。しかし、そのメディア(媒介)として、国家単位の議会制民主主義と官僚制は原理的にそぐわないと考える。ぼくたちは、市場=動物=自然状態=無意識的創発=格差拡大、vs、民主的討議=人間=イデオロギー=意識的管理=平等志向みたいな対立図式にいつのまにか囚われているが、ほんとうにそれしかないのか?」
→「国家単位の議会制民主主義と官僚制」はいらないのじゃないか、という案がほのめかされている
「市場=動物=自然状態=無意識的創発=格差拡大、vs、民主的討議=人間=イデオロギー=意識的管理=平等志向みたいな対立図式」というのは、ここを読むだけの分ではなんのことか、いまいちよく分からない
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