電話は必ずつながる 

もしもし、おばけです


もしもし、わたしもおばけです
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償い 

外山恒一のニコ動投稿動画
償い
交通違反で逮捕されるも、罪を認めずゴネているみたい
それでより、判決が重くなっているとか
この動画はその償いとして、あげたものということ
外山がひたすら切なく歌う
シュールだな
わけわからん

芸術というものは、おおまかに二つに分けられる気がする
自己の行動の軌跡を写しとるものと、自己とは関係のない、虚構性の高さで勝負するものだ
実際には、この二つは明瞭に分けられるものではないのだろうけれども
基本的に、身体を張った、肉弾戦的で無駄なものは好きだ

まったく無意味に裁判闘争をして、それを「芸」として売り出すセンスは尊敬する
現代的なツールをうまく利用できるかにもかかっていそう
普通に、面倒くさいし大変だろう
まあ、こういうのも少年的な感性で、成熟した大人が喜ぶものではないのかもしれないけれども

ネットアイドルピヨ彦の戦い 

法政中核派のブログエントリ「恥ずべき姿さらした法大当局
大学構内で開かれるサークル団体会議に、退学処分を受けた中核派学生が出席しようとする
それを大学当局が封鎖し、排除しようという記事
会議の行なわれる教室の警備の仕方が懇切丁寧
ウケる
すげえな
先生方も本気ですね

同じブログから
ウイッス。内海です。
ビラ配りの様子
ビラを受け取ってくれる人もそこそこいるとのこと
ただ生きているのは退屈だし
目立てれば、なんでもいいよな
アクセスカウンタが2500
ぼくの書いている記事では、こんなにアクセスは回らないだろう
でも、ページビューが多いかどうかって、逮捕されまでしてこの程度じゃ微妙だよな

退学処分を撤回せよ! 法政大学統一OB会
統一OB会って、矢部史郎が関わってたんだ
今更ですが、初めて知りました
伊藤えりかと知り合いなのか
へー

■■■

<この世にあるのは、妄想だけだピヨ
君は「女」が怖いんだピヨ

初音ミクの運動 

初音ミク

・はてなダイアリを利用したブログ論壇
コメントの付くスピードが桁違いで、盛り上がり方がすごい
初音ミクの魅力がオタクでない僕には分からないので教えて下さい - araig:net

はてなブックマーク - 初音ミクの魅力がオタクでない僕には分からないので教えて下さい - araig:net

初音ミクについてちょこっと批判的なエントリを書いただけで、これだけ話題喚起力がある

・文学を論じても、こうはならないのはどうしてか

・ブロガーの層の実態とはなにか
ブロガーの層と、社会の人口が正当に対応しているわけではない

・テレビ番組制作者の層と、社会の人間の層が正当に対応しているわけでもない
文芸誌製作者の層、大学人の層と、社会の人間の層が正当に対応しているわけでもない

・アイドルとは社会にとってどういう存在なのか
アイドルにおける「美」とはなにか

・美の基本は「模倣」にある

対象を、文字の世界にうつしとる→文学
対象を、音の世界にうつしとる→音楽
対象を、映像化する(時間無し)→a(カメラの使用)写真
                b絵画

対象を、映像化する(時間有り)→a(カメラの使用)テレビ、ドラマ、映画
                bアニメ、漫画、ゲーム

・ハロプロ的なロリ系アイドルをバーチャルアイドルとして写しとることは、どういった行為なのか
バーチャルアイドルにおける「美」とはなにか

・社会にとってオタクとはなにか
オタクにとって美とはなにか

・今のところ、歌わせる曲はアニソン的なものが多いよう

・歌はたどたどしい

・消費者がコンテンツ制作に参加できるかどうかは、マスカルチャーとして一般化しうるかどうかの分かれ目になる

アニメ、漫画、ゲームにおける2次創作→「キャラクター」の流用が可能なため、創作において敷居が低い
文学における、作家志望→すべてを作る

ラノベ→定型がある(?)
自然主義文学→定型がある(?)

→消費者の参加性の有無が、芸術商品としての強さを決める
→左翼運動もかつてはそうだったのだろう。読者の参加が、左翼系文学の売りであった

・映画は、制作費用が高額で大衆による制作参加にはハードルがある
→Webへの動画のアップが一般化し、疑似的なものは可能に

・バーチャルアイドル
→大衆による参加・制作可能な「女」

・Web的なものにリアルな自己参加の契機を見出す、ブロガーの自己意識をどう評価するか

・社会にとって「女」とはなにか

・「現実的なもの」とはなにか

大学からビラは消える 

すが秀美さんのミクシィ日記から転載します
リンク先が「シンポジウム 「地獄の早稲田へwelcome!早大「改革」=125周年」というページですね
早稲田で今年四月に行われたシンポの記録です
今更ですけれども読んでみて面白かったです

■■■

2007年4月1日午後6時30分~於:西早稲田パフスペース

 シンポジウム 「地獄の早稲田へwelcome!早大「改革」=125周年記念事業を許すな!

ビラまき逮捕、処分策動、[リベラル〕教員のへたれぶり等の腐った早稲田の実体を告発し、大学 と社会の現在と未来を撃つシンポジウム」記録
 
    

パネリスト:絓秀実《近畿大学教員、早大元教員、文芸批評家》、宮沢章夫《劇作家、早大元教員》、米谷匡史《東京外国語大学教員、日本思想史》、井土紀州《映画監督・脚本家》 

発言者:中山健介(早大大学院生)、青木純一(文芸批評家)、早大法学部生C(ビラまきによって不当な処分策動をかけられている学生)、安里ミゲル(詩人)、池田雄一(文芸批評家)、木村建哉(成城大学教員、映画学)

司会:花咲政之輔(2001・7・31早大立ち入り禁止被処分者)

■■■

◎ビラについて松平が思うこと

早稲田での学内運動を起点にしてのシンポジウムです
「ビラまき」行為に対する不当逮捕があり、その抗議活動の一貫ということでしょうか

早稲田のこの件とはちょっと話が違うのでしょうけれども
法政でもビラ貼り規制が徐々に悪化していく経緯がありました
かつて、ぼくの周りでは頻繁に話題になり、課題として取り上げられました
ぼくが学部生である間、1999年度から2003年度にかけての間でも、法政での自主活動が大きく変わりました
ビラを、自由にキャンパスに貼ることができなくなった
その結果、今の法政も昔の法政からすると、まったく様変わりしました

かつては、ビラというものの持つ物質的な魅力が大切だという思想があったかもしれません
ビラは自己表現の一つである
ビラには身体的なぬくもりがある
それを作る人と目にする人で、リアルな交流が広がることもある
ビラ一枚がもたらす感動と救済は、大学の先生が出す、誰にも読まれぬ学術研究書や大学紀要よりも、影響力が上かもしれない

法政で、もっともビラ貼りを重視していた人の一人に、「素人の乱」の松本くんがいたのかもしれません
「法政の貧乏くささを守る会」に代表される、諸サークルがキャンパスをビラで埋め尽くす様相は、アートであったと思います
松本くんが法政での活動から撤退してのち、キャンパスも様変わりしましたね

ぼくも、法政でさんざんビラ貼りしました
でも、期待した効果はあまり得られなかったかなと思うところもあります
アートというのは、目的がないことに目的があるのでしょうけれども

「ビラ」という問題は、現在、どのていど喚起力のある話題なのかなとも思います
ぼくは、ビラを刷ったり撒いたりする物理的な労力をなす気に今はなれません
ミクシィやブログの方が、よほど宣伝効果があります
Webの空間というものは、物理的空間の拘束を離れて、ピンポイントで宣伝を行える
場所と言葉の組合せ次第で、様々な表現と交流が行える

ビラがベタベタに貼られて、汚された法政キャンパスというもの
リビドーが公共空間を犯していた
破綻が破滅を呼ぶ魔的な領域が実践されていた

今、それらはデオドラント化された
Web空間が代わって現れた
たとえば、2ちゃんねる的なもの、ニコニコ動画的なものが、上記のようなリビドーを、回収、代行しているのでしょう
しかし、Webのツールというものも、管理人からすれば規制をかけるのが容易です
環境の管理がなされ、その定型的範囲で、リビドーを解放するよう秩序だてられます

Web的なものの可能性と不可能性を正しく見分ける必要はあるのでしょう

○上記のシンポでは、大学運営についての話が面白いです
・文系の学問って、何のためにあるのかな、かな?
・法政の左派先生はエセ左派じゃないのか!
けしからん!

○伊土紀州って、もと法政の映団協の人で、かつ法政で非常勤講師をしているのかと初めて知りました

○手紙
インテリというものは、長い手紙を読みたいひと、長い手紙を書きたいひとがなるものなのだろうと思う
みんな、「自分の意見」というものをもっていてすごいですね

○学会での報告、大学での授業、文芸誌の内容等を、ちくいち批判するブログ・サイトがあったら面白そう
誰かやってよ

宿題 

・白昼夢
漫画・ゲーム・アニメは、妄想を呼び寄せる一定の力がある
どのような機構に基づき、白昼夢は生じるのか

・リビドー
リビドーが、身体操作を誤るとき神経症が生じる
リビドーのむかう方向として、どのような対象があるか
人がその対象を選ぶのはどうしてか

・夢
生みだすことと消滅させること
「ない」という仮定が、「ある」ということを可能にする
ここに言語が発生する

・「夢」と漫画・ゲーム・アニメは、何が似ていて、何が似ていないか
夢は、「私」のことを語る

・「現実的なもの」とは何か
どうしたら、「現実的なもの」に触れることができるのか
あるものが、ある人にとって「現実的なもの」であるのに、別の人にとってそうでないのはどうしてか

フロイト『精神分析入門』 

精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)
(1977/01)
高橋 義孝、下坂 幸三 他

商品詳細を見る

第一講
フロイトの精神療法は言葉を重視する
・人間=身体+精神
しかし、精神的なもの≠意識的なもの
精神=意識+無意識
・性的衝動が神経症を引き起こす原因である
・性的衝動は、人間共同体においてはその大部分が犠牲にされていて、それらは、社会的に一段高い文化活動へと向けられる

第二講 失錯行為
・音関係、語の類似性、連想の影響が、言いちがえの一種の原因となる
・無意識的なものは、失錯行為と夢に観察できる

第五講
・睡眠は生物学的には休養であり、心理学的には世界への関心の中絶である。胎内生活へのひきこもりの状態である
・夢は、心が睡眠中にはたらきかけてくる刺激に反応する反応の仕方である
・夢は視角像であり、言葉に出して語ることは難しい
・夢と白日夢は近いものであり、利己的欲求、功名心、権力欲、エロスを内面で満足させるものである

第六講
・小児の夢は願望のあからさまな充足をもたらす
・夢は、昼における切望を内面で代行することにより、興奮を鎮め人を睡眠へと招く。夢は眠りの妨害者ではなく、保護者である

第九講
・無意識的要素に到達しようとしても、「抵抗」にあう。夢の「検閲」により、潜在夢は干渉され顕現夢へと変えられる
・善人とは、悪人が現実に行うことを夢に見て満足する人々のことである――プラトン

第十講
・夢に登場する事物は生殖器の象徴である
・象徴関係の本質は比較にある
・性的欲求が言語の発生に関与した

第十一講
・夢は思想や言葉を視覚的形象へと置き換える
・たとえば、姦通(ドイツ語)を骨折(似たドイツ語)に置き換える

第十三講
・夢は比喩的言語であり、象徴関係によっていて、思考言語の発達以前にあった、往古的、退行的な表現様式である
・夢は、愛するものに対する「死の願望」、「除去の願望」をかなえる
→エディプス・コンプレックス(→「象徴」機能による言語の発生?→カントの剥奪無?)
・小児にも性生活はある。種の限界、人間と動物のギャップを無視すること。汚穢の限界を越えること。近親相姦の制限を守らないこと。同性の限界を越えること。陰部のみでなく、多くの体部で快感覚を媒介するという多形性倒錯。などが特徴。(→それらを異性の性器へと一点化させていくことが、社会的な規律・訓練の一つとなっている)
・上記のような幼児的な性愛は、心生活には無意識のなかに滞留している

第十四講
・無意識における幼児的欲望→衝突←昼の残り物としての前意識
⇒夢は歪曲せられ、不安夢となる

第十五講
・夢の作業は夢の思想をプリミティヴな、絵文字に類した表現法に翻訳することである

第十八講
・神経症は知っているべきはずの心的過程を知らないでいることの結果に生じる
・病因を知ることで直すのが精神分析である

第十九講
・無意識/前意識/意識の三つに心的領域は分けられる
・リビドーは、ヒステリー症のときには積極的、願望充足的に、強迫神経症の場合は消極的、禁欲的に働く

第二十講
・性的倒錯はどう異性愛へと一極化されるのかについて

第二十一講
・性欲は生殖の目標に従属させられる
・神経症者が苦しめられる罪悪意識はエディプス・コンプレックスによるものであり、これが宗教と道徳の源泉である
・神経症者はエディプス・コンプレックスを越えられず、リビドーを見知らぬ性対象へ転移させられない

第二十二講
・「抑圧」とは、前意識的な体系に所属しているものが無意識的にされることである
・利己的な性的目標は「昇華作用」により社会的目標へと変えられる
・自己保存本能においては、対象を獲得しなければ個体は破滅する
・一方、性本能は、最初は対象の欠乏ということを知らない。そのため、他の身体的諸機能に寄生して、自己の身体で自体愛的に自己満足する。そのため社会的教育が必要となる
・人間は、快感へと走る快感原則のもとに動く。しかし、やがて快感獲得を先に延ばし、不快に耐えることを学ぶようになる。そして、現実原則に従うようになる

フロイト 

フロイトの『精神分析入門』を読み返していたら、「散歩」を強迫性神経症の一症例として挙げていた
散歩中毒は、神経症の一種として、フロイトの時代に認められていたのか
ちょっと驚き
まあ、実感として分かる
しかし、アル中なんかに比べればよほど健康的だ
散歩を神経症とするなら、行きすぎたスポーツ愛好にだって、ある種の中毒かもしれない
中毒って、うまくかかればそんなに悪いものじゃないというお話

フロイトの名を出すと身の周りの人に必ず言われるのが、フロイトって信頼できるの?という質問
もう心理学科では、誰も相手にしていないのでしょう、と
でも、フランス現代思想的にはフロイトを前提とした思想が多いわけでしょう
順を踏んで考えないと、イマイチ納得できないところはあるのかもしれません

『精神分析入門』でも出てくる、エディプスコンプレックス
父を殺し、母を犯したい、という欲望について
これ、本当にあるの、と
気持ち悪い話ですね

複雑な前後の条件があるよう

・失錯行為と夢には、無意識が露出する
・睡眠とは世界への無関心である
・夢は視覚的で象徴的な言語で織りなされている
・言語の発生したころの、初源の人類の言語と、「夢」の言語は近いものであり、これは、人間個人の幼児期の言語とも近い
・言語とは隠喩と換喩である

父を殺し、母を犯すということ
それを内面の領域で行うことにより、人間の言語と、セクシュアリティが発生してくるということなのでしょう
なんか、よく分かりませんけれども

公園の夢 

府中は公園の多い町だ
近所を散歩していると、いたるところに公園を目にする
家一軒分くらいの狭い敷地に、ベンチが一つと砂場と日差し除けがある
いつも気になるのは、砂場がダメになっていること
何年も誰も使っていない
誰も遊んでいない
砂がカチンコチンである
木の葉が落ち腐って、砂ではなくなっている
とても子供の遊べるようなシロモノではない

小さいころ、ぼくも砂場で遊んだ記憶はある
しかし、手入れのされていない砂場で遊ぶことは、不快だった
犬猫のトイレになっていたり
雑菌がわいていたり
ガラスとかカミソリとか、ヤバイものが混じっていたり

公園緑地課に電話するかな
市の側も住民の側も、気付いていないのか
社会的に無意味なものを放置している状態ってイヤだ
ぼくが砂場の砂を入れ替えて府中市にお金を請求しようか
儲かるだろうか

しかし、砂場自体、なくしてしまったほうがいい感じだし
奥さんと赤ちゃんが公園で遊ぶ光景をまったく見かけない府中市だ
砂場は町が若い時期に量産された遺物なのだろう
府中の公園は、思いつきで作り、後に管理が持続できていないものが多そうだ

そういえば、近所の古い公団に、これまたものすごく古いジャングルジムがある
錆びていて真赤だ
ジャングルジムを最近はめったに見かけない
昔より、はるかに減ってきているのじゃないか
管理人が始終目を光らせているものではない
管理できないものだと思うし
むちゃな遊び方をするとテキトーに危険なシロモノだと思うし

■■■

夢を見た
昔ほのかに思いを寄せていた人をデートに誘う夢であった
甘美であった
やれやれ

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』を読む会 

「必読書「150」を読む会」主催により、ベンヤミンの『複製技術時代における芸術作品』を課題図書とした読書会を行います
開催日時は11月18日(日)の13:30~16:40です
場所は法政大学市ヶ谷校舎、大学院棟702号室です
http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/campusmap.html
当日の飛び入り参加も歓迎いたします
どなたもお気軽にご参加くださいませませ
プロフィール

Author:松平耕一
○twitter登録名:matudaira
○ツイッターまとめ:http://twilog.org/matudaira
○Facebook登録名:松平耕一

☆文芸空間社企画
◎批評放送
・批評放送は松平のプロデュースする動画配信企画です。ツイキャス http://twitcasting.tv/matudaira 、youtubeなどで配信されます
批評放送@USTREAM

○松平耕一・文芸空間社・批評放送へのカンパ振り込み先は
・三菱東京UFJ銀行の吉祥寺支店普通口座1896022 マツダイラ コウイチ 宛になります

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