『PLANETS Vol.03』 

宇野常寛ら、第二次惑星開発委員会編『PLANETS Vol.03』(2007)

Amazonで検索をしたが出てこなかった
「同人誌」であるがゆえに、Amazonでの販売がなされていないのか?
ぜひ、それをやってほしい
それだけの価値がある雑誌

ゼロ年代にどんな物語が商品として出回り、どんな層に消費されているのか
そのカタログを見通し良く並べる
現在提出されている各種の消費文化をマッピングして交通整理
頭がスッキリスッキリ
とてもいい雑誌

誤字の多いところ、一部ライターの実力不足、宇野さんの発言に繰り返しの多いところはちょっと気になるけれども

宇野さんは、ゼロ年代は「「決断主義」の時代」だとし、『デス・ノート』風のバトルロワイヤル的な物語を、現在の社会の状況をよく代表しているものと評価
東さんの「セカイ系」(=エヴァ・ハルヒ・Air)擁護論を、時代遅れのものと論じている

一つ気をつけておきたいことは、「決断主義」とか「セカイ系」というのは、個人的な精神状態が起点になっているものだということ
この書に現れている「決断主義」と「セカイ系」との概念的な対立は、次のように暴力的に単純化できるのではないかとぼくは考えている

簡単に言うと「セカイ系」というのは「鬱」の状態なんじゃないかと
「祭りのあと」

「決断主義」というのは「躁」の状態なんじゃないかと
「祭りのさなか」

この二つは、各個人の私的な領域に二つながら同時にある
そして、バイオリズムの変化により、あるときは片方に、あるときは別の方にと移動する
ある一つの物語やある一人の人間の精神状態が、社会の状況を代表しうるということが、ありうることなのか、ありえないことなのか?
ある時代のある空間において、そのコミュニティ全体が、「躁的なもの」「鬱的なもの」の、特にどちらかに偏る、という振幅は確かにある
これらのことはすべて、社会批評をやるときに注意しておかなければならない
昔からよくあるトリックなので、うまく腑わけしつつ、丁寧に分析していく必要がありそう

○チェック
「忘却の旋律」
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twitterに 

登録してみた
http://twitter.com/matudaira
画面下部に出る「携帯電話を使って外出先でもつぶやきを入力してください。」という項目の消し方が分からない

東浩紀と愉快な仲間たち 


東浩紀と中沢けい先生のスキャンダル?(笑)が話題になっている
一応リンクを貼っておきましょう
池田雄一さんと武田将明先生のしゃべりがもっと見たかったです

ゼロアカ道場第四関門――道場破りしようぜっ! 

2008年11月14日、ゼロアカ道場第四関門の課題が発表された
http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka/kanmon_04.html

以下のものがお題

「2008年11月9日に行われる第7回文学フリマにおいて、2人1組となり、
《A5版・表紙4Cカラー・本文1C96ページ・定価500円》の評論同人誌を制作し、自ら売り子となって販売せよ。
刷部数は500部とし、「東浩紀点+太田克史点+販売部数」の合計点上位3組(6人)を関門通過者とする。」

文学フリマに出て、評論の同人誌を出せということ

んで、この関門においては唯一、「道場破り」が認められているとのこと
つまり敗者復活戦も可能らしい
これはもう、ぼくも参加せざるをえないっ!

ただ、二人一組じゃないとエントリできないとのこと
お願いだっ
誰か、松平と組んで、ゼロアカ道場に参加してもらえないだろうか?

ぼくは、「文芸空間 雑誌版」を出したいと思っていた
テーマは

・オタクとサヨクは手を組めるのか――秋葉原事件検討
・ゼロ年代の学生運動――柄谷行人と東浩紀
・ゼロ年代の「政治と文学」――ライトノベルとケータイ小説に見る、近代文学の終焉とネオリベ化の影響がもたらしたもの
・自費出版で100%儲ける方法

などを考えていた
どなたか、道場破りを一緒にやってくれる人を募集中である!
文学フリマについては、ぼくのブログでも何度か話題にしてきてますね
同人誌発行についてはちょっとだけ調べてます
よろしくですねっ

文フリを利用して、各人の、本の企画力をためすこのイベントは素晴らしい
たとえば法政大学国文学会の出している同人誌

「法政文芸第三号」(2007)

これ、なんと印刷費57万円で、2000部刷り、一冊千円で、一年間でほんの少ししか売れなかったらしい
もちろん、大学発行の雑誌とかは、売ることを目標としていないのかもしれない
しかし、法政では、創作コースで、何年もたくさんの学生を教育している
その文芸専修の先生方が、学生たちの、選りすぐりの小説を載せて、しかしこれだけ、誰からも注目されず、売れない雑誌を作っているということは、そこでなされている教育自体がトンチンカンなのじゃないかとも疑われる
商品として成立しないような、社会的に役の立たない文章を、生産することが高等教育の目標なのだろうか?

文フリで、各人に同人誌発行をさせるということは、その過程で多くのことを明らかにするだろう
参加者各人の「商品として売れる文章」を書く能力を試し、売り方を学ばせ、書籍の流通と営業についての力をつけさせるわけだ
出版界全体を見渡しての、うまいとこをついた東さんのこのイベントは、素晴らしいアイディアだ
法政大学でも、東さんの企画を見習い、これを教育システムに組み込むべきではないだろうか

あと、もう一つ
ぼくは、文学フリマの開催される日に「秋葉原デモ」を個人的に行おうかとも考えていた
まあ、いろいろ手続きやノウハウが大変かな……
当日は参加者はブースに詰めていないとダメだよということが規定にあるし、忙しいかもしれず、まだちょっと分からないが
まあ、祭りには参加せざるをえないのだっ
祭りだ祭りだっ
騒ぎだ騒ぎだっ

松本哉『貧乏人の逆襲! タダで生きる方法』 

貧乏人の逆襲!―タダで生きる方法貧乏人の逆襲!―タダで生きる方法
(2008/06)
松本 哉

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2008年6月19日
松本哉さんが『貧乏人の逆襲! タダで生きる方法』の出版記念イベントを、下北沢の路上で行なうというので見学に行った
この本は松本さんの処女作で、サブタイトルの通り、お金を使わずに生きていく方法と、松本さんがこれまでなした活動をまとめているエッセイだ
読者はこの本から、資本の運動へのアイロニカルな価値観を学ぶことができる
人間は、誰しもお金を欲しがってしまうものである
あなたが、何らかの商品を購入したいと願うとする
その場合、あなたはどうして、それを欲しいと感じたのか?
その商品を知ったのはどうしてか?
おそらく、周りの人間からえられる口コミや、テレビなどのマスコミその他で目にした広告などによってだろう
人々は、ある商品に価値があるという観念を、宣伝の力によって刷りこまれる
資本の運動から吐き出される広告は、特定の商品へのフェティシズムを人々に植え込み、洗脳する
買い物と労働を繰り返す、ステキな人生
生産と消費のコマネズミ生活を送り続けるのが、「大きな物語」崩壊後の私たちの生の実相である
なるほど
良いものがあること、おいしいものがあること、楽しいことがあること
資本の運動の先端に「美」の中枢があることは、確かなことだ
美的な感受性に優れてあることは、社会的であるために必要だ
しかし、自分が低収入であることを嘆き、他人を羨み、「美」から切り離されてあることに、むやみに苛立つ若い人を見かけると、ぼくは素直に同情できない
資本の運動から離れて、生成消滅する商品の渦巻きから逃れ出つつ、楽しく生活する方法もある
松本さんはそのやり方を、徹底的に具体的に実践して、わかりやすく示してくれる

松本さんとお酒を飲む機会があった
ぼくは遅れて到着したのだが、ちょっと高めのお店で宴会していた
あれ、松本さんのイメージと違うなと感じた
深夜遅くなり、各人三々五々に会話し始めたときである
松本さんは挨拶せずに、不意に飲み屋を抜け出してしまった
皆の注意が逸れた隙を狙って、お金を払わずに飲み会から帰る
もしかしたら、そんな生き方もありうるものかもしれない
松本さんは、ニーチェ的でもあり、また、水商売の人のようでもある
人と人を結びつけることで、ゼロ記号となって生きていくのだろう
そして同時に、商品へのフェティシズムを一切持たないことによる、彼固有のアートを魅せてくれるのである

蓮實重彦『反=日本語論』を読む会 

「「必読書150」を読む会」主催により、蓮實重彦『反=日本語論』を課題図書とした読書会を行います
http://literaryspace.blog101.fc2.com/blog-category-6.html
開催日時は8月31日(日)の13:30~16:40です
場所は法政大学市ヶ谷校舎、大学院棟です
http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/campusmap.html
こちらの地図の13番の建物です
302教室で行ないます
当日の飛び入り参加も歓迎します
どなたもお気軽にご参加くださいませ
2008年度は、2か月に一度ほどのゆっくりとしたペースで行なってます

アキハバラ事件追悼コスプレサウンドデモに東浩紀は参列する 

2008年6月29日(日)、「G8サミット直前東京行動 オルタナティブサウンドデモ」に行ってきました
http://www.jca.apc.org/alt-g8/ja/node/280

雨宮花梨さんと、増山麗奈さんがいらしていた
萌ええ
雨宮さんのファッションセンスって、好き
増山さんは、小さいお子さんを一人お腹に抱え、もう一人のお子さんを連れて、傘をさしながらのデモ参加
ほほえましくも、大変そう

お二人がこのデモにいらっしゃることは二日前の『ロスジェネ』イベントで、ある意味では予告されていた
6月27日(金)には、「超左翼マガジン」の『ロスジェネ』創刊記念として、新宿でイベントがあり、それにお二人とも出席
んで、そのときに、秋葉原事件の話題がでました
秋葉原事件のようなおかしなことをやってしまうくらいなら、デモに行って社会と闘おう
そういう主張をお二人ともなさっていた
ぼくもお二人の意見に基本的に賛同したので、日曜はデモに行くことにした

・ロスジェネ
ロスジェネ 創刊号ロスジェネ 創刊号
(2008/05/28)
赤木 智弘浅尾 大輔

商品詳細を見る

ロスジェネイベントは、現代における様々な問題点を浮き上がらせてもいた
このイベントでは、東浩紀の舌鋒の鋭さは、いつものごとく光っていた
東さんは、ロスジェネ執筆陣ではない
アウェーでの出席
ロスジェネの第一回の対談は、「ぼくらの希望は「戦争」か「連帯」か」と名付けられていたが、東さんは「希望などない」と論陣をはる
左翼的な運動と、デモの有効性というものを真っ向から退けていた
確かに、このロスジェネという雑誌の企画、第一号はかなり売れたようだが、不安材料が多い

・イベントが満席になっておらず、若者が少なく年寄りが多く、熱気がない
・若者向け左翼雑誌という、パブリシティの高さが売りになり、新聞社的には超オッケーという大きな扱いだが、実際の若者がついてきているのか疑わしい

二号三号と、快調に続けていくことができるのか、様子をうかがわなければならない
実際、現代の若者の間で左翼運動の盛り上がる気配は、全く見えない
学生運動の様子を見ていればよく分かることだ

ロスジェネイベントでは、その時間のかなりの部分を、秋葉原事件に割かれた
秋葉原事件への対応がどうであるかで、各知識人の方向性は見える
前々から疑問だったのだが、東さんの議論では、秋葉原事件を防ぐことができないのじゃないかということ
内面的な倫理の構築ということをキャンセルしましょう
工学的な環境を設備し、人間の生を管理しましょう
ナイフの販売を禁止しましょう
危ない人にはドラッグを与えて沈静化させましょう
そういう理論を、もしもある知識人が唱えたとしたら、その人は、もはや、「知識人」とはいえないんじゃないの? と思ってしまう
『動物化するポストモダン』から『思想地図』1号まで、東さんは、日本人はみんな、馬鹿でもオッケーだよ、といっているかのようにみえる
一貫性はあるが、それでは効かない限界の露出したのが、秋葉原事件だったのではないか?

たとえば、人殺しはなぜ悪いのかということ
殺人を禁じる法はどのように形成されているものなのか?
そこを組み立てている理論というのは、マスコミ業界においてもWebにおいても、あいまいなまま話が進んでいることが多い
現状の持続を善とし、変革を悪とする
ほとんどそれに近い、消極的な位置づけのみで、殺人というものを否定しているのじゃないか
周りの気分で流され、生権力に囲い込まれて、植物的な・動物的な生を無自覚に送ることからは、大きなトラブルが生じうる
生権力に拘束されて、生を肯定し死を否定する
それは、世界宗教より倫理として劣る
生権力における盲目的な生の肯定が、この世にははびこっている
それは、世俗化された、アヘンのごとき宗教に過ぎない
生きていることと死んでいることの差異は何なのか
「善く生きること」を肯定しうるものなのか
一から始めて、基本的なことから、倫理学というものを構築しなければならない
そうでなければ、文系学問の存在する意味はないのである

なるほど、東さんがデモや運動の有益な面を否定し、それが生み出す暗黒面を強調するのはわからぬでもない
しかし、東さんの議論にも、一足飛びなところがある
「大きな物語」が崩壊したから、すでにみんな「動物化」されていていいんだ
マルクス主義がなくなったから、「運動」はなくなっていいんだ
そういう短絡的なところがある
東さんは、デモなんてやっても意味はないのではないか、と述べる
もちろん、東さんのおっしゃることはよく分かる
しかし、目標というものの置き方次第ではないのかという気がする
個別的な、何らかのトラブルが、社会に明瞭な形で存在するとき、その個別的な問題点を改善し、変革させるために、運動体やデモというものが形成されてもいいだろう
多くの人に物質的に見える形で、思想信条を多人数でアピールし、社会的な問題提起をなすこと自体は、必ずしも無駄なことではないだろう

もちろん、旧弊的な運動にも、大いに気になるところがある
多くの運動体において、運動を推進するのがおっさんばっかなことだ
穿って考えてみると、若者が運動を否定するのは、世代間闘争の一種なのではないか
じじいに従順な、少数の若者だけが運動に参加するという状況が、生じているところもありそうではある
東さんは、世代間を乗り越えて手を結ぶことは必要、としつつも、自分は世代間を乗り越えられているかというと、実はそれが課題でもある、と自己認識を示していた
デモに参加しない、という態度も、倫理的な行為として、ある種の思想・心情のプロパガンダだといえる
むしろ、東さん以下の若い世代というものは、「デモに参加しない」という形で、「デモをしている」とすらいえるのではないか
2ちゃんねるやニコニコ動画が、ある種の学生運動であることは明らかだ

たとえば、法政大学でもドンパチ学生運動をやっているのだが
関東圏でなされている旧来的な、セクト・ノンセクトに指導され・実践されている学生運動を見ていると、しばしば痛々しい
ほとんど、大衆への説得を無視しているようにみえる
自分から若い世代へと共感能力を上げ、近づく努力をすることがない
そのうえで、極左的冒険主義を繰り返す例を見かける
それでヒロイズムに浸っていたりするのならば、Webからみて、お笑いの的にしかならない

今は、Webがあり、思想信条のプロパガンダはかつてより、はるかに容易になっている
Webというものは、ビラやトラメガ、デモがかつて果たしていた役割のある側面を、代行しうる
Webを使った形での運動を展開していくことが、キャンパスでの闘争以上に、重要になるのは当然ではある
その点を考えずに、キャンパス内での規制強化にムキになり、いたずらに体力を消耗するのは微妙だ

アキハバラ事件から学ぶべき教訓は、私たちの社会が、隣人への愛や共感能力を育む回路を消失しているということだ
資本の運動のなかで、各個人の労働力も精神性も、断片化され、細片化していかざるをえない
そのような状況において、どのようにして、物理的・精神的な面で、安定した生や人間関係の信頼性を回復しうるのだろうか

また、「アキハバラ的なもの」というのは、一つの、彼岸の価値ではないかと私は考えている
渋谷や原宿は、資本の運動の先端に位置する美により形成されている
渋谷や原宿は、資本の運動への疑問と反省を持たない
一方、「秋葉原的なもの」とは、資本の運動において、こぼれおちたものを集めた文化なのではないか
もともと、資本の運動のまき散らすトラブルを、回収するものとして、学生運動はあった
資本の運動の弊害は、かつての学生運動の代わりに、現在、秋葉原的な美が回収することで、落ちこぼれの若者たちに、慰安と承認を与えている
東浩紀の重要性は、ここにある

実際の秋葉原事件について私はよくは知らない
しかし一つの仮想実験を行うことができる
あるディープなオタクが、秋葉原を壊そうとする
それは、このような事件でありうる
「秋葉原的な美」とは、資本の運動の敗北者にささげられた、仮想世界である
オタクは他人の欲望を欲望する、という回路から逃れ、虚構に耽溺する
しかし、虚構の虚構性はいずれ絶望にたどり着く
かれは虚構の美を打ち壊したくなる
虚構の美を滅ぼしたいという一念は、人に危害を加えてはならないという、禁止の法を越えて高まる
虚構の美に火を放つ行為自体が、一つの強烈な美として、彼を誘惑する
その美は、唯一絶対無二の、現実的なものとして、快感原則の彼岸として、彼に接近してくる
そのとき、生というものはゲーム的なものではない一回性のものとして、初めて、彼の前に立ち現われるのである

今、倫理の構築はいかになしうるのかと真剣に考える学生運動家がなすべきことは、「秋葉原事件追悼コスプレサウンドデモ」をなすべきであろう
それは、セクト的なデモであってはならない
ノンポリであるとか右翼であるとか左翼であるとかを越えて、いかにして、今後の日本における倫理というものの構築が可能なのか
その友愛の回路を探るデモでなければならない
そのデモには、きっと、「クラナドは人生」と考える東浩紀が、岡崎朋也にコスプレして参列していることだろう
その隣には、古河渚にコスプレしたほしおさなえが、汐音ちゃんの手をつないで歩いていることだろう
私は、涼宮ハルヒにコスプレをして参加するつもりだ
街における倫理の再構成は、そのような地道な形においてしか、なされないのではないかと私は思う
プロフィール

Author:松平耕一
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☆文芸空間社企画
◎批評放送
・批評放送は松平のプロデュースする動画配信企画です。ツイキャス http://twitcasting.tv/matudaira 、youtubeなどで配信されます
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・三菱東京UFJ銀行の吉祥寺支店普通口座1896022 マツダイラ コウイチ 宛になります

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