エドワード・ケアリー『望楼館追想』 


エドワード・ケアリー『望楼館追想』(二〇〇二、文藝春秋)を読んだ。
面白かったですね。
感動しました。
イギリスの現代小説。
二〇〇〇年出版。
一九七〇年生まれの作者の、三十歳時の作品。
神経病と盗癖のある中年の男が、それらの障害を克服し、愛を見つける話。
このようなストーリー紹介の仕方は語弊があるのだけれども。
この作品はとってもおしゃれであり、文の端から端まで、ハイセンスな香りが漂っているからだ。


その表面におけるシックな印象と、裏に潜められた悪意とのギャップに、難解なものを感じる読者もいるかもしれない。
純文学作品だが、ゴシック・ロマン的。
ミステリ風なところもある。
いくらか春樹風だなと思っていたら、やはり春樹が好きとのこと。
綿密に構成された大作。
想像力豊かで、哲学的陰影にも富んでいる。
ちょっと作りすぎなエピソードもあるけれども、おおむねリアリズムが貫かれている。
本作の特徴をいくつか並べる。
ひねくれていて、屈折している。
イロニーが効いていて、ブラックユーモアの連続。
サディスティック。
しかし、根底には上品さを失わない清潔感がある。
インテリなのにインテリらしさを見せず、お茶目。
主人公は社会的な底辺へと転落した上流階級の血筋の人である。
そのことに由来して、上に挙げた特徴が出てきているのだろう。
武士は食わねど高楊枝、みたいな。
ちょっと違うかな。
社会的な名誉は致命的に失われてしまった。
自己を支えていたルーツは消えゆこうとしている。
しかし、それでも精神の自立性を失いたくないという、哀切な郷愁が深い陰影をもたらしている。

作中では何度か「内面の不動性」「外面の不動性」といった言葉が登場する。
なぜか「不動性」という観念に、主人公はこだわるのだ。
主人公は思い出の品物をコレクションし、蝋人形を愛する。
どうしてなのだろう?
人間は動くものである。
生き物は動くものである。
生き物は、本来、とまっているようにはできていない。
もしも人間が動かなかったとしたら?
それは、寝ているか、死んでいるかのはずだ。
「とまっているもの」とは、「物」である。
しかし、どんな「物」も、恒久普遍に「同じ物」であるわけではない。
「鉄」だって、時間の流れとともに錆びる。
恒久普遍に同じものであるもの。
そのような仮想的存在が、「神」だと呼ばれることもある。
「不動の動者」といえばアリストテレスにおける神のことだ。

主人公はなぜか執拗に、他人のものを盗む。
それも、他人の大事にしている物をこっそりくすね、自分のコレクションにしてしまう。
犯罪癖や病癖を主人公は持つのだが、それを「犯罪」や「病」として、語り手が名指さないまま、話が進められている。
「ツッコミ」のない「ボケ倒し」のごとき語り。
一人称の語り手により話が進み、客観的な主人公の像がつかみにくい。
この点での似たタイプ小説をあげれば、たとえば、カミュ『異邦人』とか、サリンジャーの作品に近いところがあるのじゃないか。
悪ぶっている。
けれども、本当は淋しいから悪ぶっているのじゃないか?
「嫌われる」という形でいいから他人と関わりたいという倒錯した欲望。
「好きな子に嫌がらせをしたい」みたいな気持ち。
ひらたく言えば、そんなものかもしれない。
見方によっては、幼い。
しかし、それだけに留まらないこの作品の魅力は、どんなところから生じているのだろう?
翻って考えてみる。
人間は、どうして「物」を大切にするのか?
人間は「物」を愛し、「物」に「自分」を封じ込めざるをえないものなのか?
盗まれる側にも、「物」への執着があったのだ。
人間は、「物」の価値へと引き寄せられる。
「精神の価値」は見失われている。
主人公は、他人にとっての「物」の価値というものの「負」の側面を引き受けだのかもしれない。

それにしても、ビョーキっぽい主人公だ。
「洗滌恐怖」「接触恐怖」等の精神病、「強迫障害」も目立つ。
それらの「心」のあり方がのズレは、どこから生じ、どのようなものだと評価できるのか。
これらの病は、生きてあることの自明性に対する、強力な疑いから生まれてくる。
物を愛することと人を愛することはどのように異なるのか。
「精神」と「物」はどのように交錯するのか。
人間と人間は、「言葉」と「言葉」を食い違わせてしまわないものなのか。
「永遠のもの」はどこにあるのか。
主人公が、ヒロインをかたどった蝋人形にキスをする場面には衝撃を受けた。
日本の純文学はしばしば、私小説的なものにかたよりがちだ。
強力な想像力で「もう一つの世界」を作り上げた本作の胆力は見事である。
人間とは何か。
物とは何か。
哲学的な思索にたゆたえる名作だ。
久しぶりにいい現代文学を読みました。
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