ルソー『孤独な散歩者の夢想』 

孤独な散歩者の夢想 (岩波文庫) 孤独な散歩者の夢想 (岩波文庫)
今野 一雄、ルソー 他 (1960/01)
岩波書店
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この記事ではルソーの告白と、日本のWeb表現について比較する

皆さんは、善行と悪行についてどう考えますか
つまり、「悪」を自分は行なったことがないと、天地神明にかけて、いえるかということ
「わたしは善を行なったことはごくまれにしかないと言ってもいいが、悪事はといえば、それは生涯のあいだわたしの意志にはいりこんだこともないし、じっさいにもわたしくらい悪いことをしなかった人間が世の中にひとりでもいるかどうか、わたしは疑わしく思っている。」(第六の散歩、今野一雄訳)

ポジティブですね
羨ましい
ぼくは悪を行なったことがあるな
「わたしくらい悪いことをしなかった人間が世の中にひとりでもいるかどうか、わたしは疑わしく思っている」なんて、口が裂けてもいえない




また、「嘘」について
ルソーは、自分は嘘をついたことがあるが、それは悪に属するようなものではないと自己弁護する

「わたしは初めから嘘をつこうと考えて嘘をついたことは決してないし、自分の利害を考えて嘘をついたこともない。それでもわたしがしばしば嘘をついたのは、気恥ずかしさのため、または、どうでもいいようなこと、あるいはせいぜいわたしひとりに関係したことで、当惑をまぬがれるためであった。そういうときには、話をとぎらせないために、自分の血のめぐりの悪さや話の種の乏しさをおぎなうために、やむなく、いいかげんなことをもちだして、なにか言う必要をみたしていたわけである」
「そして、わたしは利害や自尊心から嘘をついているのではないこと、いわんや羨望の念や悪意からではないこと、それはただ当惑ときまりわるさからで、ときには嘘だということが人にわかっていて、そんなことを言ったところで、全然なんの役にもたたないのを十分に承知しているのに、嘘をついていることがわかるだろう」

そうかー
ぼくは嘘をついたこと、あるな

ぼくは嘘にまみれている
嘘大好きだし
ぼくは悪事にまみれている
悪事大好きだし

『孤独な散歩者の夢想』のごとき文学作品における「内面」は美しい
しかし、ルソーにおける言葉というものへの信、自己の善というものへの信は、どうもしっくりとこないところがある
ルソーのようなタイプの語り
漱石の「こころ」とか、白樺派の武者小路実篤とか
そこらへんと、ルソーの語りは、やはりちょっと近いのだな、と感じる
が、ルソーの告白の語りにある、「神」の存在は、際立って特殊だ
神を媒介にして、言葉の交換がなさているみたい

まあ、先行研究で、言われつくされていることですが
そして、この話をWebへと敷衍してみたい

神なき国、日本の言葉の交換はいかにして行なわれるのか
たとえば、2ちゃんねるみたいなサイトは、日本にしかないと聞く
どうしてなのか

2ちゃんねるの「文学板」ってまれにちょろっと見る
なんか、ちょっと、陰険だ、あそこ
互いをこきおろすことが中心なようで
他のスレッドよりも「文学板」はそういう傾向が強そう
みんなで、楽しもうみたいな
馴れ合いの多いスレッドもある
しかし、文学板は、どうも潰しあい、けなしあいが目立つよう

文学というものも、ちょっと癖があるメディアなもので
文学の特徴をいくつか挙げる
一般の学問と異なり、特定の文芸作品への評価が、好き嫌いで批判できる
自分と他人で、趣味の懸隔が大きくなりやすい
テレビなどのメディアは、同時的に多数の人と感覚を共有できる
一方、文学は一人で読み、一人でいそしむものである
固有性と独自性を求めた結果、ひねくれものになるかもしれない

こういう特徴は、2ちゃんねるの文学板の、殺伐とした雰囲気と、関わりがないだろうか
まあ、ただの思いつきだが

疑問がある

たとえば会社において
学校において
家族において
国家における政治観において
国際社会において
SNSや匿名掲示板において

それらの関係すべてに対して、「同じ言葉」をもって接することは可能か
「嘘」をつかないであることは可能か
ルソーなら、「うん」と強くうなずいてくれそうだ

しかし、ぼくは、自分の状況においては無理だと感じる
それぞれの場は、それぞれの場に適した言葉を要請する
「言葉が伝わらない」という絶望感は常にある
意思伝達へのあきらめの表された文芸作品の方が、共感しやすい
アスキーアートや絵文字で、意味不明な表現をした方が、自己というものをよく代表しえている気がする
日本におけるWebでの告白というものは、昼の世界とどこまでも切り離されている
私的な言葉が公的な言葉へと接続していくことがない
内面は、シュールな形へと変換される

ルソーにおける『孤独な散歩者の夢想』
日本におけるSNSおよび匿名掲示板
二つの間にまたがる溝は、とても大きそう
SNSも匿名掲示板も日本独自の発展を遂げていそうであるが
それは、システムの異なりによるのか
文化風土の異なりによるのか
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