永井荷風『腕くらべ』 

腕くらべ 新版 (岩波文庫 緑 41-2) 腕くらべ 新版 (岩波文庫 緑 41-2)
永井 荷風 (1987/02)
岩波書店

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主人公は20代半ば過ぎの新橋花柳界の芸者
身請けされた後、旦那に死別して出戻っている
 
大逆事件から少したった後
大正5年から6年にかけて連載、最初は自家出版で出された作品
当時の風俗がいろいろと知れる
座敷で裸身を見せつつ西欧風の論議を展開する「新しい女」である芸者の話題を出したり、活動写真に芸能の客が持って行かれている旨の指摘をしたり、時事的なネタが多く盛り込まれていて興味深い

また、荷風の四季折々の「自然」の描き方はとてもよい
ここにあらわされた「自然」は、よほど訓練をしないと決して書けないだろ
官能場面も丁寧だ

「菊千代の肉付きは咽喉や横腹、肩先のような骨あるところまでくりくりと見事に肥っているが、しかし一体が小柄でちょこまかと目まぐるしいほどすこしもじっとしていない性なので、かの大柄なでっぷりした女に見るような重苦しいところは少しもない。膝の上にも軽々と載せられるし、腕の中にもふわりと抱きすくめ得られる。膝の上に載せるとはち切れるような乳房は男の胸の上に吸い付きながらうごめき、ゴム鞠のような尻の円みは男の太腿の上にくびれてはまり込み、絹のようなその軟らかい内腿は羽布団のごとく男の腰骨から脾腹にまつわる。横ざまに抱きかかえるとその小柄な身全体はわけなく男の両腕の間にくりくりと円まってしまいながら、その肌の滑らかさいくら抱き〆めて見ても抱き〆めるそばから滑りぬけて行きそうな心持。腕ばかりでは抱き〆めかねて男は身を海老折りに両腿を曲げて支えれば、言いがたい菊千代の肌身はとろとろと飴のように男の下腹から股の間に溶け入って腰から背の方まで流れかかるような心持。つまり菊千代はだきすくめられながら絶えず楽にその小柄な身を彼方此方と動かす。そのたびたびに男はまるでちがった女と寝たような新しい心持になってさらに新しい誘惑を感ずるのである。」

これ、すごいなw
「菊千代の肌身はとろとろと飴のように男の下腹から股の間に溶け入って腰から背の方まで流れかかるような心持」
どんなにすごい身体なんだ!

「そのたびたびに男はまるでちがった女と寝たような新しい心持になってさらに新しい誘惑を感ずるのである」
結論が、また、きてるよなー
一人の女で、いろんな女と寝ている感覚が味わえる、と

まあ、官能描写はその後歴史的に、おおいに展開されるわけで
村上春樹や村上龍なんか、それぞれ優れていることだろうし
でも、こういう文章も、普通の人が一発で書けるようなものではない
荷風の時代では最先端だったことだろう
どうやってこういう文章を書くか
第一に、似たような体験が荷風にあったのだろう
体験の豊富さは一つの売り
第二に、先行する類似した文学作品を多く読むなり、繰り返し読むなりしたうえで、文章の練習をしたのだろう
第三に、荷風ならではのレトリックのひらめきがあるのだろう

そして、当時この作品が、どういう読まれ方をしたのかも気になる
こういう文章を読んでハアハアしていたのだろうか
軍国主義の高揚した昭和の初期には、取り締まりの対象となった作品でもあるようだ
この作品を法的に罰するとは、よほど理性というか、超自我の発達した時代であったのだろう

官能描写・自然描写・風俗描写のみならず、客観的心理描写も非常に細かい
フランス自然主義文学と江戸の戯作文学に多くのヒントをえていることだろう
リアリズムという点でレベルが高い
もっとも、そこに「面白さ」を感じるかどうかは、人それぞれなのだろうが

「腕くらべ」というタイトルは恋の駆け引きのこと
芸者と、旦那たちとの恋愛関係・性関係を入り組ませている
連続でセックスしなくてはならず、大変だという場面など面白かった
主人公をけっこう、いじめる
まあ、花柳界を扱ったという時点でフェミニストに嫌われる題材であろう
芸者屋の内実をあれこれ知ることができ、資料的価値がありそう
この点で議論できることはいろいろあるだろう

冒頭は吉岡という男の視点で始まるが、 途中から主人公の駒江の視点に切り替わり、吉岡は登場しなくなる
視点人物の変え方も技巧的だ
しかし、今の小説の主流とはやや異なるか
プロットもきちんとしているのだが、結末ではいささか唐突な救済がある
ストーリーの作り方は少々通俗的だ
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1968年6月22日-) は、神奈川県出身の在日コリアン|在日韓国人の劇作家、小説家である。国籍は大韓民国|韓国。横浜共立学園高校中途退学。東京キッドブラザースに入団。後に演劇集団青春五月党を旗揚げ。1986年、『水の中の友へ』で劇作家としてデビューした。1996
[2007/08/21 10:18] あやねの部屋
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