デリダ『グラマトロジーについて』3 

グラマトロジーについて 上 グラマトロジーについて 上
ジャック・デリダ (1996/12)
現代思潮新社

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第二章 「この危険な代補……」

○ルソーをだしにして「人間」を論じる
→ルソーはまともな人なのか?

○アリストテレス、プラトン、デカルト、ライプニッツ、ルソー、カント、ヘーゲル、ニーチェ、フッサール、ハイデガー、ソシュール、レヴィ=ストロース等が導入されていて、それらをおさえていないとキツイ

○東浩紀『存在論的、郵便的』は有効

○サルトルの想像力論よりずっとよい

○面白い、感動した、そうだったのかと思うところと、ああ、もう面倒くさい、なんでもいいよというところと半々

p.4-5 現前を犠牲にすることで文字言語が登場する
「私は、自分を一人の死者として見つめたとき、はじめて生き始めたのである。」
→文学的自殺、象徴的再所有化

死は差延作用の運動、現前と不在との対立を可能にする
存在は現前という規定の外では生みだされない

自然はみずからを代補しない
本人が不在となり、舌や手が記号の形式をとり、代補行為が行われる
→世界は逆転し、自然が技術と社会との代補となる
p.16 代補は自然的に自然の位置にとって代わる

p.18~ オナニー論
自然の破壊、「想像的なもの」はエクリチュールとして作用する

p.25~
母がいるとき、母と子は一体の世界にいる
母がいなくなったとき、「危険な代補」が発見され、代補行為が可能になる

p.31 (母はいつもすでに、「真実の母親」の代補である)
「真実の母」→にせの母としての像(エクリチュール)
      →にせの母としての恋人

p.36 絶対的現在、自然、本当の母親という語が指し示すものは実在せず、「意味と言語を開始するものは、まさしく自然的現前の消失としてのこの書差であるということを」テクストの中に読み取れる

p.44 「現前の欲望は代理の深淵、代理の代理などから生れる」

第三章 『言語起源論』の生成と構造

代補における声の位置は?
文字言語と自慰行為は「危険」な点で似ている

痕跡そのものは実在しない(実在するとは、一つの存在者だということ)

p.62 優しい声……母の現前と、自然の現前
   文字言語……憐みの情がない

p.66 恋愛は自然的な憐みの情の堕落態
ヘーゲル『精神現象学』
p.72~ 精神的な愛は、不道徳的であり、生物学的根拠がなく、想像力から生れるものであり、文学における文章表現と一体をなす

想像力は進歩の可能性を作り、歴史を開始する
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