村上春樹と安原顯 

文藝春秋 2006年 04月号 文藝春秋 2006年 04月号
(2006/03/10)
文藝春秋
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村上春樹は「文藝春秋」2006年4月号に「ある編集者の生と死――安原顯氏のこと」という50枚のエッセイを寄せる。
春樹を担当していたことのあった、編集者の安原顯のことを非難した小文だ。
安原は、春樹の自筆原稿を春樹の知らぬうちに個人的に保管していて、古書店に売ったようだ。
編集者としてあるまじき行為である。
ジェントルマンな物腰で身を固めている春樹が、優しさのオブラートで包みつつも、怒りの形相をあらわにして安原を告発している。
こんな負の色彩に彩られた横顔も、春樹にはあったのかと驚いた。
この小文のクライマックスは、自筆原稿流出の経緯について、春樹が安原をなじるところにある。


彼は我々の関係がうまく行っているときでさえ、いつか売り払ってやろうと思って自宅にこっそり原稿を貯め込んでいたのだろうか? もしそうだとしたら、そこにはやりきれないものがある。何かしら歪んだものがある。


このような死者を鞭打つ難詰にこの小文の一番の盛り上がりどころがあるが、そこへといたる全体の過程を、春樹は、文学的修辞をも散らばめつつ、安原との初めての出会いから書き起こしていっている。
春樹は、第一印象として、安原は陰口を言わない人だとして、親近感を抱いたということだ。
二人の関係は親和的なものから始まった。
春樹の安原に向ける次のような視線はやわらかい。
「鋭い刃物を持って人前で暴れ回ることで、本当は自分自身を傷つけているのではあるまいかという印象を受けた」。

しかし、安原の春樹への態度はあるとき、手の平を返したように豹変したのだという。
それは『ねじまき鳥クロニクル』(1992~1995)のころのことらしい。
ノーベル賞候補作ともなった『ねじまき鳥クロニクル』。
『ねじまき鳥』といえば、綿谷ノボルという悪役キャラクターが印象鮮烈であった。
春樹が「悪」というものを真正面から取り上げて描いた小説でもある。
ふと私は連想する。
どこか、「ある編集者の生と死」における安原顯評は、『ねじまき鳥クロニクル』における綿谷ノボルの描写と似ているところがある。
不自然な、捻じ曲がった、「悪」の描出である。
「ある編集者の生と死」と題されたこの小文を読むと、何かしらの、不定形の、底の知れない「悪」の存在を感じ、薄気味悪い気持ちになる。
村上春樹と安原顯の間にあるどろどろとしたものには、何かしらの意味づけが可能なのだろうか。

このたび、安原顯の『決定版「編集者」の仕事』(1999)を読んだ。
そして、上述の事件がどのような前提条件から引き起こされたものか、おぼろげにつかめたような気がした。
ただの直感ではあるのかもしれないけれども。

安原顯の生年は1939年。
没年は2003年で享年64歳。
春樹のちょうど十歳年上である。
安原は早稲田公論社、ミュージック・マンスリー社、竹内書店、中央公論社、メタローグ社と渡り歩き、三十年以上の編集者生活を続け、『パイデイア』『海』『マリ・クレール』『リテレール』の副編集長、編集長を務めた。
その間における編集者としての業績が、『決定版「編集者」の仕事』の中に書き連ねてある。
散漫で、何を狙いとしたのか分からないところの多い著作だ。
エッセイ風な箇所。
安原の作った雑誌の目次のみを記した箇所。
有名作家のインタヴューのみを羅列した箇所等がある。
常人には、本書の構成の基準、主題の選定の行い方、扱われる文書の飛躍に、ついていくことができないかもしれない。
百歩譲って、編集者を志す若者に向けて書かれた本ではあると言えるのかもしれない。
しかし、最初から最後まで、安原が自己のした仕事を、自画自賛し続ける、グダグダな経歴年譜を羅列しただけでの書であると、みなすこともできよう。
この書で垣間見られる安原の態度はいかんともしがたい。
雑誌の執筆者達に原稿料を払い忘れる。
翻訳作品の訳者の名前を雑誌に載せ忘れたことを告白し、いまだに分からないとのことで、調べずに単行本に引きうつす。
有名作家の作品でも平然と原稿を落とす。
作家を罵倒する。
記憶力が曖昧なことでも適当なことを書く。

大変ひどい人だと思う。
しかし、私は本書を面白いと思った。
安原の作った雑誌の、目次にである。
それらの雑誌の執筆者一覧は、途方もなく豪華だ。
こんな優秀なラインナップを使って雑誌を編集していたなんて。
そして、なお驚くことに、それでも赤字に赤字を重ね、転落人生を送り続けているなんて。
そして、それでも自分を天才だと言い続けるなんて。
敵の爆撃機に首都へと攻め込まれ、空襲を受けて民家を燃やされているのにもかかわらず、笑い転げているかのような、クレイジーな人だ。

純文学も学問も、食えるものではない。
真理や美や正義は、世界へと受け入れられない。
春樹の自筆原稿を売りさばくぐらいにおかしくなっちゃったことも、ぼくは同情をもって受け止められるように感じた。
安原の次のような悲嘆は味わい深い。

 ……以前からずっと考えてきたことではあったが、「文芸誌というメディアはもうダメだな」と痛感した。つまり、従来の「文芸誌の客」、小説好きの読者(実はほとんどいないのだが)向けには「創作特集」を、また外国小説のファンには、当時、日本ではあまり知られていなかった「ジョン・アーヴィング特集」を、さらに、吉本隆明とJ=P・ファーユの異色対談まで「オマケ」につけてもダメとは、読者にとって「文芸誌」は、もはや死んだメディアでしかないことを実感させられたからでる。そして、たった一度の人生、死んだメディアに固執し、貴重な時間を無駄にすることはないと悟ったぼくは、それ以来、すべての「文芸誌」は一度廃刊せよと声高に公言することになる。もっと突っ込んでいえば、やれ会社の羽振りだの、文化の貢献だのときれいごとを並べてみても、経済的に自律し得ぬ「商品」(雑誌)は不健康だとも気づいたのだ。こと文芸誌に関していえば、作り手にも書き手にも、嘘とは承知の上で、それでもなお心のどこかに「文化に貢献しているんだから」との甘えがあるのではないか。


安原顯の『決定版「編集者」の仕事』を読んでも、編集者の仕事について分かるわけではないようだ。
安原は、他人の原稿を取りに行っているだけで、たいしてことはしていない。
本当の意味での優れた編集者の仕事や、オリジナリティある思想の形成など行えていないと、見ることはできそうである。
それなのに、編集者の代表のような顔をし、自分の名前ばかりを売って、露出しようとする態度も、おかしいと言えよう。
一方で、安原による海外の思想家紹介と、純文学や文芸評論等、難解なものや、大学的な教養を積極的に収集し、それらの最新のものを最前線で雑誌まとめようとする姿勢は、首肯しうるものではある。
そして、こういう路線は、商品としてまったく通用しないのだなと強く考えさせられもする。
良心的な学術や純文学は、出版の世界で生き延びていくことは不可能なのではないか。

また、春樹や吉本ばななの登場以降、文芸誌のいらない時代が到来したと言われる。
彼らは文芸誌がなくても、作品を書き上げる力があるとみなされるためだろう。
文芸誌は社会にとっていらないものなのか。
文芸誌とは、なんのために存在したものだったのか。
もしもあなたが純文学系の作家志望者であるのなら、春樹を読む前に、本書を読んでおいてもよいのかもしれない。


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