大西巨人『神聖喜劇〈第2巻〉』 

神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫) 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)
大西 巨人 (2002/08)
光文社
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神聖喜劇〈第2巻〉に関するメモ

ストーリー

第三部 運命の章
第一 神神の罠
戦争を語り、暴走気味の大前田に、山中准尉が注意をする
村上少尉も山中に言葉を合わせる
(藤堂、昭和10年ころ、自分は「我流虚無主義」に、村上は「帝国職業軍人」に転向したのかなと想像する)
村上少尉、熱弁をふるう
藤堂が「知りません」禁止、「忘れました」強制についてごねていることを知っているようで、「知らないなら知らないといってもいいよ、藤堂」と、村上は寛容な姿勢を見せ
(藤堂が、武士道の種類のあり方について、脳内で解説する
大前田は近世以前の実践武士道
村上は近世以降の儒学的武士道なのだろう、と)

村上は日本における「戦争の目標」の具体例として、「日本の南方作戦はフィリッピンを解放したのだ」としめくくる

第二 十一月の夜の媾曳
村上によるフィリッピンへの言及から連想され、藤堂の回想が始まる
一九四二年一月四日の新聞では、マニラ占領が報じられた
藤堂の、新聞社への最終出勤日であった
その日に行われた女性との情交が、戯曲形式で語られる

二人の話題 
たとえば、ロシアに対するポーランドの独立戦争で、ショパンの同士達は十全な合一感をもって戦争に献身したのだろう
しかし自分達はどうか
「主観的真情と客観的現実との無残な分裂」がある場合、「十全な」合一感が成立しないのだ
二人は心中はせず、代わりに(?)剃毛して白板になる
戦死者が、主観的純情の持ち主であったならいっそう非業の犬死だ、と藤堂は主張する

第三 「匹夫モ志ヲ奪フ可カラズ」
村上少尉は、日本の戦争目的は「アジア解放」の戦争だという意見に立つよう
しかし、大前田は、経験則からこれに反論する
(ここで、藤堂により「特殊部落」に関する史料、職業起源説、宗教起源説、先住民族説、帰化人説等が引用される)
村上少尉による兵士たちへの問い、「皇国の戦争目的は何か」
逆に、鉢田は、「コウコク(皇国)とは何か」と質問し、話の流れを分断する
さらに、鉢田・橋本は「殺して分捕るが目的だ」と、大前田の言葉を敷きうつし、珍答する

第四部 伝承の章
第一 暗影
二月二十二日昼
厳原(いずはら)行きをするはずの神山上等兵が村崎を呼んでいる
異変か?

第二 道
二月七日
藤堂が、図書雑誌、娯楽、運動器具の備え付けられているべき「酒保」が、規定通りのものとなっていないのはなぜかと軍隊上部に対し質問をする

二月五日
藤堂、金玉はなぜズボンの左に入れるのかを質問する
(藤堂、当代支配権力、制定法、特殊の法治主義にたいする合法闘争の限界について認識する)
「命令」と「規則」の違いについて、丁々発止のやり取りをする

二月十日
私物被服は軍法規定からいって可能ではないかと、藤堂は神山上等兵に談判する

二月十二日
私物被服認められる

二月十四日
私物被服規定に関する後日談
(藤堂、「近代の国家は相互に競争をするため、人民をいよいよ軍隊化していく
ブルジョアとプロレタリアとの間の階級対立は、士官と兵卒との対立として再生産せられる
なので共産主義者は軍隊に入り、内部で革命的指導を行うべきだ」という論を紹介する)

第三 縮図
二月上旬~下旬
慰安所と女郎について資料が紹介される

二月八日
神山上等兵の話

二月九日
村崎一等兵の話
給料取りとしての兵隊について
「貧困大衆」「下層階級」にとって、軍隊はお金の儲かるよいところだ、という論がある
しかし、これは俗説に過ぎないのではないかと村崎は弁じる
陸士出、学校出、幹候出、下志候上がり、一般兵隊
それぞれの、軍隊における出世のあり方が具体的に紹介され、比較される
村崎によれば、軍隊外の「身分」「階級」は、軍隊内の待遇のあり方とつながっている、とのこと

第四 対馬風流滑稽譚
二月十一日 紀元節
大前田の話が長引く
「普通名詞」問答

********************

○戦死の理由づけ
戦争へと参加する場合、戦死の可能性が生ずるが、これをどう評価・納得するか
相当な合一感をもって無名の戦争に参加する場合、悲惨な犬死だ、と藤堂は主張
→ここでの「無名」「合一感」ということを、どう評価すべきか
ポストモダン的戦時下における大衆と、戦死のあり方、ということが念頭に置かれているよう
保田輿十郎もチェックしたいところ

a 「全世界の滅亡より一杯のお茶をとる」ドストエフスキー・ニーチェの側に、藤堂は立つのか
b 「海」と「国際主義的な精神」と「自由の人」と「開いた魂」を代表する、マルクス主義の側に立つことは不可能なのか

○『神聖喜劇』では、多様な「身分」「階級」「職種」がるつぼのごとくになっている、軍隊内部のごちゃごちゃ感がよく表現されている
大前田、村上、鉢田、橋本ら、それぞれの立場のあり方を、どう評価するか
軍隊では「平等」が実践されたとする論は、しばしば見られる(浅羽通明等)
しかし、これを批判する見解が、『神聖喜劇』に含まれている

○売買春・慰安婦についてどう評価するか
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