眼をつぶることとまばたきをしないこと  

お友達にお誘いいただき、屋形船に乗ってきた
楽しかった
あれこれ消息をお聞きする
ご結婚される方がいらっしゃり、おめでたいかぎり
しかし、私は、ちょっと変な人だったかもしれない
うまく挨拶ができない
「松平さん、今、何をやっているの」と聞かれる

ええと

「自分は今、何をやっているのだろう」
挙動不審になってしまう
絶望した
うまく自分というものを自己紹介できない自分に絶望した
美人さんでいらっしゃる方やイケメンの前で、ヘドモドしてしまう自分に絶望した

気丈に生きたい
人生一度きりだし




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最近、「まばたきをしない人」に会った
ぼくは「まばたきをする人」である
その人は、まったくまばたきをしない
視線に、極度の集中力が凝縮されている
ばりばりと仕事をこなす、社会的に、とても有能な人のようであった
松平さん、まばたきが多いのじゃないですか?
私はおどおどとしてしまい、涙目になった
私はこんなことを考えていた

■■■

文芸誌に眼を通す
新人の作品を読んでいると、よくあるパターン
登場人物は、文学をやりたい10代から20代の若者である
彼らは、社会人ではない
社会から、ちょっと離れた生活を送る
彼らは、ニートなり、引きこもりなり、フリーターなり、院生なりといった身分にあたる
そして、不安定な日常生活を送る上での、苦しい内心を語る
文芸家志望者でありつつも、文芸の世界に入ることはできない
また、社会に出ることもできない
その狭間で悩む、というストーリーである

その手の作品が、ぼくは好きではない
文芸系の志望者が、その道でうまくいかない悩みを吐露している作品なんて、自業自得のものでしかない
社会生活をちゃんと営んでいる人こそが偉い

・文学者たるもの、しっかりとしたプロ意識を持ち、自己の生活から、すっぱりと遠くに離れた作品を書くべきである
じゃなきゃ、普通の社会人に楽しめる作品とはならない
・あるいは、中途半端な文芸家志望などきっぱり諦めて、社会に出てちゃんと手に職をつけるべきである

しかし、この批判はぼく自身にあてはまる

■■■

「意味」とは何か

・睡眠や食事、恋愛やセックスの形を決めるのは、「意味」である。動物とは異なる、人間のみが持つ特徴が「意味」である。生の形は「意味」により決まり、十人十色である
・「体験したこと」は過去の「像」として脳内に焼けつく
・ある文学者の先生が、人間には、基本的に「過去」により形成され、ときおり「未来」が到来する、と述べていた。しかしこれは本当か。文学者特有の誤謬が、そこには含まれてはいないか
・「過去」の襲来を受けている間、人間は行動が不能になる
・文学における「文字」とは過去の「像」を代替する
・この場合、「文字」は「癒し」である
・文学や芸術は、過去の像を紡ぎ合せ、「意味」というものの定型を作り出す
・「未来」は「文字」から離れてある
・「未来」を示す「文字」は稀である
・未来の「像」は、過去の「像」の反復と、過去の「像」でないものから成る
・未来の「像」の中に没入しているとき、「行為」が可能となる
・社会の中に生きるためには、未来の「像」への跳躍が必要である

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>自己の生活から、すっぱりと遠くに離れた作品を書くべきである

ここの考え方は二種類あって、

1ファンタジーや伝奇やSFや推理小説や歴史小説のように、自己の経験とかけ離れた娯楽大作を書く。
=大衆文学=三人称

2社会派のドキュメンタリーやルポタージュなどのように、実際に社会問題の中に身を投じて、自分が体験したことだけを語る。
=純文学=一人称

のどちらを取るかですね。「文芸誌に眼を通す」と書かれたときに目を通した文芸誌は純文だったから上記のような日記になったので、コバルトとかメフィストだとまた違う感想になると思います。

「自己の生活から、すっぱりと遠くに離れた作品を書くべきである」のような高い理想を設けることは正しいと思います。その上で、社会人である書き手が「ニートなり、引きこもりなり、フリーターなり、院生なりといった」社会問題に目を向けて、その問題の中に身を投じて書く方法もありますし、「ニートなり、引きこもりなり、フリーターなり、院生なりといった身分」の人が社会人の中に社会問題を見出して、そこに身を投じて物を書くやり方もあります。

「しかし、この批判はぼく自身にあてはまる」のと同じく、私自身にもあてはまります。松平さんが「その手の作品」を書いたとき、その悩みが深く鮮明に描けているなら、少なくとも私一人を共感させる可能性はあります。「その手の作品」を純文学としてではなく、読者の目を意識した娯楽作品・大衆文学として描いたのが「大いなる助走」や今月の新潮に載った「キャラクターズ」だと思います。

~~~~~

この日記の過去&未来はハイデガー的ですね。
ハイデガー時代の科学では、動物は大脳が発達していないため
過去=記憶がない。記憶がないから、
記憶(データベース)から生じる推論=未来もない。
動物には時間がない。だったそうです。
[ 2007/09/18 00:17 ] 木棚環樹 [ 編集 ]
基本的に、身体性のある小説がぼくは好きですね

ハイデガーなんて導入すると、ずいぶん難しい話になってしまいそうですけれども
[ 2007/09/20 11:39 ] 松平耕一 [ 編集 ]
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