東浩紀・桜坂洋『キャラクターズ』 

新潮 2007年 10月号 [雑誌]新潮 2007年 10月号 [雑誌]
(2007/09/07)
不明

商品詳細を見る


東浩紀・桜坂洋『キャラクターズ』の諸論点

○「私小説」観の問題
東浩紀・桜坂洋による小説、『キャラクターズ』では「私小説」「自然主義文学」という言葉が登場し、非難すべき対象として挙げられている
疑惑としてあるのは、東浩紀・桜坂洋の「私小説」「自然主義文学」概念がテキトーであることだ
私小説を論じたものは、日本文学史にたくさんある
・小林秀雄
・横光利一
・中村光夫、伊藤聖
・近代文学派
・柄谷行人
等々
しかし、それらを踏まえているのか疑わしい
柄谷行人のものには言及があるが、それも、ちゃんと読解できているのか疑問符がつく




特に、五大文芸誌に載っている小説は、すべて自然主義の文学とひとくくりにして、けなしている
島田雅彦を自然主義の文学とレッテルを貼るのにはびっくりした

「自然主義の文学」の代わりに、ライトノベル、筒井康隆等を肯定している
否定している小説と肯定している小説、二つの線引きの仕方で、個性を出し、商売にしている
柄谷の場合、私小説を批判する代わりに、「神」の問題等を国際的な視点を意識しつつ論じていくような、おおがかりな装置を抱えていったのである
東の場合、近代小説の概念規定が狭く、しかも私小説に対する代案がライトノベルであるということで、いろいろと問題が生じそうである

そもそも、優れた私小説というものは、私のことを語りつつ、普遍的なものへ到達するものじゃないか
『キャラクターズ』における私的な要素は、文壇内部のオタクにしか分からない狭いものであろう
『キャラクターズ』は「私小説」を批判した「私小説」のごときものだが、文壇から外に広がりうるものではなさそう
おれには友達ができないとか愚痴を言われても、ちょっとしょうもない
私小説の一番ダメな部分を模倣して、クラシックな文芸ファンを小馬鹿にする作戦なのだろうが
『動物化する世界の中で』での笠井潔との対談もそうだが、もともと東の批評の身振りは、極めて私小説的なものにみえる

○性愛観
性愛観が未熟である
ホモセクシャル、ロリコン、ペドフィリア等
「2ちゃんねる的な欲望」を代行しているのだろう
東には奥さんがいて、子育てをしている、浮気もさしあたってしないつもりみたい
その点では品行方正で、マイホームパパ的男気(?)がある
でも、裏に抱えた性欲の形がオタク風なものである、と
そこらへんはどうなのか
死ぬまで貫けるなら、まあ、一つの生き方の提示としてフェアではある

○他者
東浩紀と桜坂洋の間で、まとまりがつかずに揉めているところは面白い
だが、『存在論的郵便的』でのテーマであるような、「複数的」な視点を獲得できているのか
基礎的な世界文学と日本文学の勉強を行えているのか疑わしい

○ラカンの導入
・糞便の我慢が告白の我慢のアナロジーになっている
・使い方が半端

○朝日新聞社爆破の問題
・朝日の書評委員は、ジャーナリズム系で、お金が儲かる最後の仕事、といえるか
朝日の書評委員への嫉妬がある
・2ちゃんねるで朝日が冷笑されているので、それを代行している
・三島由紀夫の『金閣寺』の主人公が『金閣寺』を燃やすごとくに、そしてアルカイダテロのごとくに、朝日を燃やすのだと作中で言われている
・ネットのオタウヨクを代行した言動を文芸誌に持ち込んでいる
・天皇へのテロを回避して、朝日に行くのは、時代の流行に沿っているのだろう
・しかし、国際的に見て、まったく意味が感じられないし、正義であるとも思えない

○Web
Webでメジャーな思想や性愛、表現を文芸誌に持ち込み、また、新聞や論壇を批判することで、注目を集めようという作戦であろう
ひろゆきを殺しに行くという終わり方である
ひろゆきは、日本のWeb業界における象徴的キャラであるが、テレビや新聞等の公的世界で権力を持つわけではない
ひろゆき的なものを代行し、公的世界へとひろゆきを持ち込んだうえで、ひろゆきを殺そうということは、筋が通っている
しかし、ようは、自分が「神」になりたいということなのか
自分の外部に「神」を設定する柄谷に対して、自分が、セカイ系的な、「神」自身になってしまうのだとしたら、幼児的な退行でしかない

○まとめ
壊し燃やすべきものは、五大文芸誌と東大でもいいのじゃないか
その方が、ナショナリズム批判として、まだ志が高いといえそうである
実際の問題、想像の世界で朝日を爆破するより、アメリカの中枢へと飛行機で自爆テロするとか、早稲田と法政の総長にペイントボールを投げつけるとかの方が驚く

私は、東浩紀の手から柄谷行人を擁護したい!
私は柄谷派を代表する!
我々柄谷派はぁ、以下のことを誓うぅ!

・柄谷派は東派を糾弾する!
・柄谷派は東浩紀をタンクローリーで轢き殺すことを誓う!
・柄谷派はオタクを差別し、左翼運動に役立たない小説を廃棄する!
・しかし、柄谷派は腐女子を温かい目で見守る!
スポンサーサイト
>・柄谷派はオタクを差別し、左翼運動に役立たない小説を廃棄する!
>・しかし、柄谷派は腐女子を温かい目で見守る!

左翼運動とやおい両立しますかね。やおいは受け/責めという階級闘争を描いたプロレタリア文学である!
てか。
[ 2007/09/21 02:47 ] 木棚環樹 [ 編集 ]
空疎なアジテーションだけをやりたいなら別ですが。
柄谷派云々と言いますが、柄谷は
そのような党派性を最も批判していたのではないでしょうか?
参照『反文学論』14党派性をめぐって

>疑惑としてあるのは、東浩紀・桜坂洋の「私小説」「自然主義文学」概念がテキトーであることだ

疑惑でなく、実証するところから始めなくてはならない。

>ドストエフスキーであるとか、その点で、明瞭に優秀な小説はたくさんある基礎的な世界文学と日本文学の勉強を行えているのか疑わしい

柄谷は最も好きな小説家にフォークナーや中上を挙げているが
東はドストエフスキーを挙げている。
その東がドストエフスキーを読んでいないとは思えない。

>特に、五大文芸誌に載っている小説は、
>すべて自然主義の文学とひとくくりにして、けなしている
>島田雅彦を自然主義の文学とレッテルを貼るのにはびっくりした

キャラクターズにおいて
一人称過去形や三人称過去形と言った、小説を記述するシステムをそのまま受け入れる側=自然主義と、そのシステムの矛盾を暴き、暴露し、破壊しようとする側=反自然主義を
どちらも同じシステムについて論じているという点で、自然主義だという内容であったと思います。
であれば小説のシステムを暴く側=島田もまた自然主義だとなるでしょう。

これは柄谷が「谷崎-芥川」の論争に対して取った態度とほぼ同型です。小説の筋がある方が面白いのか、ない方が面白いのかという論争において、筋にこだわっているという点でどちらお同じだと柄谷は言う。

片方で物語の構造という小説のパターンの是非に関して
もう一方で一人称過去という記述形式に関して
論じているわけですが、そこで取られている態度や問題意識は
同型の物を感じます。

>しかし、ようは、自分が「神」になりたいということなのか
>自分の外部に「神」を設定する柄谷に対して、自分が、
>セカイ系的な、「神」自身になってしまうのだとしたら、
>幼児的な退行でしかない

私が思うに、東にとっての神の位置にある物は「確率」だ。
東が柄谷に持っていった最初の原稿、批評空間でのデビュー作となった「ソルジェニーツィン試論」だが確率が主題になっている。ソルジェニーツィンについては柄谷も「批評とポストモダン」で書いており、それも東に原稿を書かせる引き金になっていると思う。

確率は、偶然性や可能世界や複数性と形を変えて、美少女ゲーム批評などで何度も東に言及されている。

>私は、東浩紀の手から柄谷行人を擁護したい!
>私は柄谷派を代表する!

空疎なアジテーションでなく、中身のある論争に持っていくには
最低限、柄谷-東の論点・対立点を松平さんが明確にする必要がある。
少なくとも私には東の書いていることは柄谷を引き受けているとしか思えなかった。

サンプル
http://d.hatena.ne.jp/solar/20070912#p1より
>東浩紀と桜坂洋の『キャラクターズ』にでてきた「ボロメオの環」の元ネタは柄谷行人で、『世界共和国』では「国家」「市民社会」「ネイション」の三つの環がそれぞれ「悟性」「感性」「想像力」に対応するものとして描かれる。

「文学環境論集」や最近の東の発言・BLOGを見ると、東が好きなのはラノベでも純文学でもなく、SFの中のSpeculative fiction(思弁的小説)であり、思弁哲学であり、思弁である。
私と同世代の日本人のほとんどにとって、思弁=柄谷行人の「探究」であったと思う。
[ 2007/09/28 01:23 ] 木棚 [ 編集 ]
>「自然主義の文学」の代わりに、ライトノベル、筒井康隆等を肯定している

いまの東にとって、ラノベはもはや古くて
http://www.amazon.co.jp/dp/4062141728/
これからは「新文芸」フィクション・ゼロのようです
[ 2007/09/28 01:24 ] 木棚 [ 編集 ]
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

松平耕一

Author:松平耕一
○twitter登録名:matudaira
○ツイッターまとめ:http://twilog.org/matudaira
○Facebook登録名:松平耕一

☆文芸空間社企画
◎批評放送
・批評放送は松平のプロデュースする動画配信企画です。ツイキャス http://twitcasting.tv/matudaira 、youtubeなどで配信されます
批評放送@USTREAM

○松平耕一・文芸空間社・批評放送へのカンパ振り込み先は
・三菱東京UFJ銀行の吉祥寺支店普通口座1896022 マツダイラ コウイチ 宛になります

管理者ページ

FC2カウンター
ツイッター@matudaira
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事(数)表示
全タイトルを表示
カテゴリー


  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。