中島一夫「文芸批評批判序説」『述 1―近畿大学国際人文科学研究所紀要 (1)』 

述 1―近畿大学国際人文科学研究所紀要 (1)述 1―近畿大学国際人文科学研究所紀要 (1)
(2007/03)
近畿大学国際人文科学研究所

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「(この)私」とはなにか」
小林秀雄、柄谷行人、東浩紀の「固有名論」「単独性論」をまとめてある
あれ、そんなことが書いてあったっけ、と思いつつ
参考になりました
読みやすい


「小林批評の出発点に、「宿命」という述語があったことはよく知られている。これは、散文家であるとともに詩人でもあらねばならないという、ボードレール的「宿命」を経由したものだが、そうした述語に寄り添って批評を展開することでかろうじて強度を発揮し得たという意味で、ここにはすでに批評の「衰弱」がある」

小林における「宿命」を、「固有名」「単独性」の問題として論じている
中島の論が正しいということになれば、2007年度の「三田文学新人賞」における「宿命論」はインチキだということになったりするのだろうか
よく知りませんけれども

「小林の「宿命」は、柄谷によって継承されたといってよい」

3 ・柄谷行人『探究Ⅱ』
ルソー『告白』における私→小林「私小説論」における「私」→柄谷『探究Ⅱ』
「(この)私」はつながっている、というのが中島の論

フローベールの「科学性」にウェイトを置く中村光夫は、「『ボヴァリー夫人は私だ』と明言した彼が一方において『"ボヴァリー夫人”には何も本当のことはない。それはまったくのつくり話だ』と云い得た」ことを強調する。すなわち高度なフィクション性によってのみ、「蓋然的な一般性を持つ人間」を描ききることができるわけだ」

「市民社会の力学によっては決して一般化しきれない残余が「私」の中にあるかぎり、私小説はまた形を変えて現れる」

「「私」(特殊性)と「この私」(単独性)の差異としての「この」が残存する」

「「この」こそが「私」の「内面」を「あらしめるのである」」(探究Ⅱ)

・東浩紀『存在論的、郵便的』
「固有名の訂正可能性、つまり『幽霊』たちは経路の脆弱さから生まれる。その経路を抹消して主体の前にある(=現前の)固有名から思考するときにこそ、ひとは固有名の剰余、単独性を見出す。すなわち単独性は幽霊を転倒することで仮構される。(中略)特殊性に対して単独性、有限個の確定記述に対し無限の『剰余』を対置する思考はすでに転倒している」

クリプキの可能世界論(固有名を諸性質の表現の集積として捉えるラッセルの記述理論を批判)とデリダのエクリチュール論をつなげることで、固有名に宿る単独性を捉える

→「訂正可能性」の議論は、固有名自体の「深遠さ」を回避してはいるものの、「訂正可能性」の発見そのものが固有名の存在を前提として得られているのだから、観察の次元を一段上げただけで、結局は固有名が言語としていかに特別=深遠なものであるかを示しているにすぎない」
→また、「固有名をコミュニケーションの問題として捉えていた点において、特に両者に変わりはない」

5 価値形態論

「固有名(金)が、いかにして言語世界(商品世界)の中で特別な存在(貨幣)となっていくのかは理解できても、なぜそれがほかならぬ「この言語」(この商品)なのかは一向に明らかにならない」

しかし、「厳密にいえば、貨幣(固有名)をソシュール言語学の「シニフィアン/シニフィエ」というモデルで捉えることはできない」
→沖公佑「資本主義のマテリアリティ」『現代思想 総特集マルクス』

そのモデルを使うと、ラカン、ジジェクのような否定神学になってしまう

言語における単独性は固有名にだけ見られるのでなく、たとえば「引用符」がその役割を果たすこともある→『存在論的、郵便的』

あらゆる句/語に単独性の可能性がある
フロイトが見た「無気味なもの」は、そのような事態である

しかし、そもそも、人間の単独性を固有名の中に見出せるかは疑わしい

言文一致という言語システムは、「語り手の中性化=消去」(柄谷)をもたらし、「表された言表があたかも語り手の内面の告白であるかのように機能する事態が招来する」

「等価交換を原理とするこの社会においては、「この私」は「一っぺん」死ななければならないが、固有名(貨幣)と交換され、さまざまな記述(商品)と交換され(作品として)流通することによって「この私」は再生するのである」

○チェック
沖公佑「資本主義のマテリアリティ」『現代思想 総特集マルクス』
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