資本主義と存在論 

Webの世界はすげえよな
自分にはまったく歯が立たないような、格上の人がうろうろしている
たとえば、山川草木の自然において
入っちゃいけない山に入ると、人間ならぬ存在に出くわして、命を取られてしまう
そういう「畏怖すべき場」というものがあちこちにある
異端のオーラをピリピリと感じる
神的・魔的な領域を形作っている
かなわねーな

ぼくも、もう20年くらいどちらかといえば、「非日常」の側にいたつもりではある
幽霊的人生
アウトローであることにちょっと憧れがあるけれども
ぼくは凡人だし
実力もないし
ギラギラしたものもない
「あるもの」と「ないもの」のうち、どちらかといえば「ないもの」に属する

「あろう」とする信念

努力

実力
持続力
精神力
体力
競争力

それらが人間を「あるもの」たらしめる

それらを健やかに育成することは、国家にとって、子育てにおける最重要項目であろう

「欲しいもの」を「欲しい」と主張すること
そのことのために耐えること
「力」を蓄える手段である
できるだけ、大きな企業に入ること
国家の幹部になること

「死」というものはいつもそこにある
「死」のなかに生があることを、実感すること
「死」が「時間」という概念の呼び水となる
「取るもの」と「取られるもの」はいつもそこにある
「勝つもの」と「負けるもの」はいつもそこにある
「勝つもの」は累積的に多くのものを得ていく

道端にベンツが停めてある
いたずらをして、パンクさせる

お金が欲しい
おいしいものが食べたい
恋愛が欲しい
エロが欲しい
服が欲しい
芸術が欲しい
車が欲しい
家が欲しい

いいないいないいな

金銭というものも
恋愛というものも
ある種の「存在論」のなかにいつもすでにある
人間は、「あるもの」に引きつけられる
「あるもの」と「あるもの」の差異に敏感になることで、人間は人間になった
「あるもの」と「あるもの」の違いを見抜けることが、そのひとの美的世界を形作る

死の恐怖
不在の恐怖
孤独の恐怖
老いの恐怖

死にたくない死にたくない死にたくない

「あるもの」の背後には「ないもの」が貼りついている
「あるもの」を「ないもの」が侵食する
人間は、「あるもの」と「ないもの」に、いつもすでに試されている
「ないもの」が「あるもの」を脅かす
資本主義は神経症の中にある

ハイデガーやデリダなんて難しい思想書はよく分からないけれども、そんなことをしばしば考えます

   /\ 吊れやゴルァ
  ∥∧∧ //
__|( ゚Д゚)_
L__⊆   ⊇_|
 ̄ ̄∥| | ̄ ̄ ア-ボン
  ∥| | ___
  ∥UU J_†_|
  ∥ | ( ゚Д゚)
  ∥ | (⌒つΟ
  ∥ | | †|
 | ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 |  |  †  |
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