川上未映子『わたくし率イン歯ー、または世界』 

わたくし率イン歯ー、または世界わたくし率イン歯ー、または世界
(2007/07)
川上 未映子

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○2ちゃん、アマゾンでの評価は賛否両論
文学板では、盛り上がっている

以下、2ちゃんの情報等
・文体に特徴あり
町田康、モブノリオとの類似性の指摘
音楽的
・「難しい」という意見と、「まったく難しいとは思わない」という意見がある
・新作は評判良いですね

○論点
論じるとすれば

・「歯」と「私」の関係はどうなっているの?

・「痛み」を引き受けるひとと、引き受けないひとがいるの?

・日記形式で、日付けが前後している。一読しても構造がよくわからないけれども、どうなっているの?

・語り手の女性と青木との関係って、どうなっているの?

・「主語の秘密」「歯の「無い」を浮かびあがらせる」ってなに?

・哲学の話題は、効いているの?
哲学的な題材を小説に導入するとき、哲学に本来的にあった明晰なものが失われて、内容が薄められる可能性がある
逆に小説としてはいたずらに分かりにくくなる、という欠点もあったりする

・象徴性、抽象性が高く、その点安部公房に近いのかな

・川端の『雪国』冒頭における「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」における、主語の問題を取り上げている

「あの最初んとこのあの主語が電車でも列車でもなくて、雪でもトンネルでもなくてって、ほんなら何やろうかって話したやんか」
「夢の中で蝶々になってもそれがいったいどないしたんや、蝶々になろうが何になろうがそれそこにある私はいっこも変わらんあるままや、わたくし率はなんもかわらん、蝶々がなんやの、私は奥歯や、わたくし率はぱんぱんで奥歯にとじこめられておる、でもでも何が何をとじこめてんの、なあ一緒に考えよう、あの雪国の、あの主語にその秘密のちょっとが隠されてる気がしたん、あの文章は、どこ探しても、わたしはないねん」「こんな美しいことがあるやろか!」

『雪国』の冒頭については、ちょっと、いろいろ面倒くさい議論が、背景に必要ですね

・この作品自体は、話芸としてのあり方が目立つ
河内弁の採用とは、文末を標準語のものとは変えること
終助詞と助詞を、方言にする
でもそもそも、日本語は、終助詞に「私の意志」や「主語」が含まれている
というのが、時枝誠記やなんかの国語論だったのじゃなかったっけ
そのこともあって「私」というものが、「私」という言葉ではなく、方言のなかに露出している
近代小説の主流は、語り手の透明さにあるのでしょう
なので、いくらか近世文学的な感じ
『雪国』とこの作品を比較したとき、ちょっと違いがあるのでしょう

・「私」というものを、「歯」と「方言」に代表させているのでしょうか
これはうまくいっているのでしょうか
実験的ですね

・語り手における対他的関係はどうか

・語り手における「いじめられた経験」の告白はどうか

・登場人物は魅力的かどうか

・「私」というものが、社会を媒介せずにいきなり「世界」とつながるのはどうか
「わたくし率イン歯ー、または世界」というタイトルが、その点ちょっと、セカイ系っぽい
でも、この小説の主な課題が、「私」というものの構造を問うことにあるのなら、このていどの長さの小説では、社会が登場しなくても問題にはならないのだろうけれども

・この作品は、虫めがね的だと思う
カントやウィトゲンシュタインは顕微鏡
社学は望遠鏡
虫めがねで世界を見ると、ぼんやりしてしまう
何がそこにあるのか、全体像が見えにくい
語られている内容がやや不鮮明
鮮烈的なカタルシスを求めたい気もする
肉眼をメインとしつつ、適宜、虫めがね・顕微鏡・望遠鏡の視点を導入するのが、王道的な全体小説なのでしょうけれども

・装飾性が高く、重装備な文体
その点では軽薄短小なラノベ、携帯小説と反対の位置にある
ラノベ等の「ジャンル小説」は、書き手の「私」というものが後景にあると思う
本作は「私」のあり方において、やはり純文学的な感じ
息の長い文章をお書きになりますね
対他的な強い意識をビシバシ感じる
ぼくなんか、あんまり肩肘こらない文体を選んでしまいますけれども

○チェック
永井均『子どものための哲学』『西田幾多郎』
西田幾多郎

○以下、2ちゃん「【次回は】 川上未映子 【受賞?】」スレッドより引用
割とクリティカルなことを言っているなと思わせられた書き込み
おおざっぱものであり、それほど内容に踏み込んではいないけれども

「227 :吾輩は名無しである:2007/10/18(木) 23:47:16
モブは語彙も読書量も知識も川上とは比べものにならんよ

362 :吾輩は名無しである:2007/10/23(火) 19:49:30
むしろ自分自身の根源の陳腐さを否定したいが為に無駄に哲学じみたことを言ってるだけだと思うが
あと、この小説が難しいとはまったく思わないね
ただの厨臭い表現を信者フィルターで深読みしてるだけだろ
しかし試みる人間が希少って…どんだけ読書量少ないんだ
最近の作家なんて社会意識が低い分、哲学ぶったこと書いてる奴らがむしろ大多数じゃないか
川上はその中でも特に表現がイタイから目を引いてるけど
哲学的な小説で衝撃を与えるならクレジオくらいのことはやってみろっての

379 :吾輩は名無しである:2007/10/24(水) 01:58:16
小説、構造的には優れているとは思えないなあ・・・

設定は面白いと思うが、
ストーリーはだめだろ?
結末は、全然だろ?

小説として優れてると主張している
人は、あのいじめ、妄想オチはどう考えてるの?

自分も、文体・設定は、評価してるけど、
どう考えても、小説としては三流だよ。

オチは、携帯小説並みだぞ?マジで

380 :吾輩は名無しである:2007/10/24(水) 02:05:22
自分は>94のレスも書いた者なんだが、
生意気言うが、やっぱり日本の現代の批評家は、期待できないと思った。

芥川の選考委員の作家達は、>>379のような点にも
ふれていたが、
評論家は、もちあげたり、瑕疵には触れない、
「文芸太鼓もち」ばかりという印象だよ。残念だ。
(誠実な批評家もいたら、申し訳ないが)
映画会社の宣伝マンでしかない、映画評論家のようなもんなんだな>日本の文芸評論家

自分が知識が無いだけかもしれんが、なんていうか、がっかりだ。 」
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