梅森直之編著『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』 

○二〇〇五年の早稲田でのCOEプログラムによるシンポジウムがもとになったもの

○アンダーソン

・政治学と古典研究がもともとの専門
・ナショナリズム研究は80年代初頭に多く出版される。ホブズボウム等
・ナショナリズムにおける、小説の重要性。小説と新聞と国民の物語のあいだに、基本的な構造的関係が存在する。この三つは、ほぼ時期を同じくして登場した。それらは構造的に同じ形をとっていて、しかも操作されなくてもそうなっていた
・文芸批評は、フーコー、デリダ、ボードリヤールから大きな影響を受けた
・「選択された記憶」……ナショナリストはどのように自分たちの歴史を語り、また反対に何を書き残さないのか。そしてそれはなぜそのような形態をとるのか、そこにはどんな特殊性が認められるのか
75・「最も重要な要因を一つあげるとすれば、やはり通信と輸送の革命でしょう。この革命によって、一九世紀の終わりの三分の一が初期グローバル化の時代となりました。とりわけ、モースによる電信の可能性の発見が重要です。これはアヘン戦争前後のことでありました」

○梅森直之

・過去から未来に向かって規則正しく流れていく時間という概念は、歴史的な産物である
・「俗語」の種類に応じて異なった新聞や小説を準備しなければならないとしたら、市場は細分化され、出版は産業として立ちゆかなくなる。産業としての出版は、雑多に存在する「俗語」の境界を超えたより広い統一的な市場を求める。この統一的な市場の必要に応じて作り上げられたものが、「国語」という新しい言葉のシステムだった

・「メシア的時間」(?)
・木版文化の伝統は……?

・『比較の亡霊』……出版資本主義がもたらすのは、「世界」というグローバル化された意識である
・グローバリズムは、つねにナショナリズムとともにあり、その生成と発展を促してきた
171・「何かを比較するためには、どうしても必要なものが二つある。その第一は、比較する対象である。ミカンとリンゴ、商社マンとフリーター、日本とアメリカ。これらの対象が存在してはじめて、僕たちはそのあいだを比較することができる。/次に必要なものは、共通の「ものさし」である。色、重さ、甘さ……、こうした特定の尺度に照らすことでミカンとリンゴという異なる果物は比較可能になる」
172・「国や社会の境界は、ミカンやリンゴの場合とは異なって、あくまでも人間があたまのなかで引いたものだ」「……比較するという行為は、その想像の境界を受け入れ、比較の対象を作り出すところからはじまる。比較という行為自体が、国や社会という想像の共同体を生みだしてゆく営為の重要な一部であるというわけだ」

・『三旗のもとに』……ナショナリズムを、アナーキズムが結びつけていた

○アンダーソン

・今以上にコミュニケーションを迅速化すること、より速く旅行することは困難であるが、ヒトやモノの量はさらに多く移動することになり、量的な増加が質的な変化をもたらすかもしれない、
・ウエブにおける、新聞との違い
ウエブ……ほかの人に注意がなくなる
新聞……全体を見る
(????)

・9・11の死者は約二八〇〇人。二〇〇四年のスマトラ島大地震の死者は二二万人以上
○チェック
ベネディクト・アンダーソン『言葉と権力』『比較の亡霊』『三旗のもとに』
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