『情況』2004年12月号ドゥルーズ特集 

◎感想
廣松渉や宇野経済学の研究が発表されている
きちっとした論文多し
誤字多し
稿料無料でなおかつやりくりが大変とか
何部刷っているのだろう?

ドゥルーズ特集をチェックする
○合田正人(聞き手、安藤礼二)「超越論的経験論とは何か ドゥルーズのヒューム論がひらく地平」の内容

・ヒュームはドゥルーズにおいて重要
・『千のプラトー』と『感覚の論理』はヒュームの感覚一元論
・処女作はヒューム論『経験論と主体性』
・サルトル『想像力の問題』とドゥルーズの関係
・ヒューム『人間本性論』……人間とは知覚の束もしくはコレクションである→「コレクション」「システム」という語が、ドゥルーズにおいてもキーワードとなる
77合田「アロポイエーシスとオートポイエーシスといった言葉が頻繁に使われるようになったのは一九七〇年代以降ですが、ドゥルーズはそれを先取りしたともいえる考察をすでにヒューム論で展開していた。」→ヴァレリー『固定観念』「自己変異性」「錯綜体」・『意味の論理学』「運命は必然性ではない」
・関係を創出すると同時に関係を断絶させる能力が想像力→ドゥルーズのヒューム論は想像力論
・ハイデガー『カントと形而上学の問題』はドゥルーズの重要な参考文献。ハイデガーのシステム論者としての側面を引き継いだ
・ドゥルーズにおける共同体批判、「情」の批判、想像力による、遠い位置にいるものへの配慮を示すという正義の実践
・デリダは、さまざまな二項対立が、実は二つに分かつことのできないものだと指摘した。カントによる超越論的なものと経験論的なものの峻別において、実はそこに感染が起こってしまっている
・ドゥルーズにおける「綜合」の問題は、カントの「三つの綜合」とりわけ「構想力の綜合」と連動していて、その意味でカントの図式論を中心に抱えている


○安藤礼二「「砂漠の経験論」書評=ジル・ドゥルーズ『感覚の論理』」の内容

・ヒュームの経験論……感覚という一元的な地平からのみ森羅万象すべてが生み出される世界
・『感覚の論理』で提出された「ダイアグラム」という概念は、『フーコー』の中心的な主題となり、それが『襞』『ペリクレスとヴェルディ』へと産み落とされた
・92「人と獣は、そして生命の波動は、感覚の領野においてのみ、非類似のまま「根底での同一性」を得るのである。」「それはあらゆる形体が生成されてくる場所、あらゆる形体が振動し、共鳴し、根源的な「時間」そのものが生み落とされてくる場所である。ドゥルーズはこの生成の場所、その根源的な作用を「ダイアグラム」(標識図)と名付けた。」
・ダイアグラムはおそらく、ヒュームの超越論的経験論を経て見出されたカントの「図式」が期限である
・93「……無数のダイアグラム、無数の力の地図が重ね合わせられるところに歴史が生まれる。」

○財津理[聞き手]伊吹浩一「ドゥルーズ固有の哲学とは何か?」の内容

・『差異と反復』「超人たる平民」「愚かな民衆」……ニーチェ=ドゥルーズの一つのテーマ
・「私は思考する」と「私は存在する」をつなぐ条件としての「時間」への考察を行うカント
・118「……デカルトの「私は存在する」の「私」は、時間の中で現れる現象的な主体であるということになる。「現象的な主体」の認識までしか言えないのです。」→カント哲学における自我の分裂→『純粋理性批判』における自己同一的でない「ひび割れた《私》」が示されていて、ドゥルーズはこれに注目している
・123「権力によって「国民」は「あるべき大衆=愚民」とさせられるのだけども、それに対抗する「愚かな民衆」へと生成していくプロセスの中に入っていくことが革命なのです。」(→浅田彰『逃走論』?)
・伊吹……マルクス主義の疎外革命論、スターリニズムは、「「あるべき社会の姿」なり「人間の本質」などの規格を前提にし、それを基準にし現実の社会や人間を矯正していくという考え方を基礎とした上で展開されていた」……過去に作られたものを現在や未来に合わせていくという旧来の革命観を越えようとしたのが、ドゥルーズである(→?)
・ニーチェの「永遠回帰」「力への意志」について哲学的考察をしたのはハイデガーとドゥルーズ
・ドゥルーズの永遠回帰は同じものの回帰ではない。
・ドゥルーズにおける「主体性」の批判、精神分裂症者の肯定……?

◎デリダはサンプリングとリミックスの人。レアなフレーズをサンプリングしてブレイク・ループを作ってみせる

◎ジジェク『操り人形と小人』についての小一原健の書評
294「 殻の中には核がありその核こそ本質であるという信念に対して、殻の中には何もないということを認識し引き受けることの重要性をジジェクは一貫して主張する。
 殻の中には何もないという事実に脅えその事実を必死に隠蔽しようとしたのがユダヤ教で、キリスト教はこの恐ろしい事実を啓示‐暴露する革命的な宗教である、とジジェクは述べる。啓示‐暴露の宗教、無神論の宗教としてのキリスト教。核は無だ。」
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