杉田俊介「奇跡について」「ユリイカ荒木飛呂彦特集」 

ユリイカ 2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦~鋼鉄の魂は走りつづけるユリイカ 2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦~鋼鉄の魂は走りつづける
(2007/11/26)
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杉田俊介「奇跡について――荒木飛呂彦先生、告白」

・第39回新潮新人賞(評論部門)を大澤信亮が、「宮澤賢治の暴力」で受賞したとき、選者の一人である浅田彰がこれを「新実存主義」と呼びつけていた

・大澤信亮の「宮澤賢治の暴力」は、『批評空間』が批判した宮澤の農本主義的なファシスティックな面をあえて肯定したものなのだろう。なんでいまさらこういうものが出てくるのかなといくらか違和を感じたし、まあ、そういう時代なのかなとも思った。新しさは感じなかった。しかし、杉田俊介による『ジョジョの奇妙な冒険』論である「奇跡について」を読むうち、浅田が大澤に対してつけた「新実存主義」というネーミングが腑に落ちたように思った

・大澤と杉田は雑誌『フリーターズフリー 01号』で一緒に仕事をしているというが、大澤の「宮澤賢治の暴力」以上に、杉田の「奇跡について」は、これこそ「新実存主義」だと感じられるのである

・杉田は、荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』を論じるにあたって、アウグスティヌスの『告白』の形式を借りることを意識したい、と述べて稿を始める。荒木を「神」のごとき位置にみたて、告白を行うというのだから、一種異様なムードである

・杉田は自己の人生の経歴において出会った辛い体験、悩みと苦しみを告白したうえで、それを『ジョジョ』の登場人物たちの立ち向かう「運命」に重ねることで論を立てる。ニーチェを援用しつつジョジョの第六部、第七部を論じる部分などは、納得できるものであった。私としても『ジョジョ』を読んでいるうちに感じた漠然とした混乱を、整理することができ、大変参考になった

・「漫画」という題材を扱いつつ、実存的・宗教的な信仰のごときものをそこに代表させてしまう杉田の読みは、「新実存主義的」ともいうべき、フレッシュな印象を受けた

・しかし、疑問もある。『ジョジョ』は、登場人物たちの、真剣なドラマにその読みどころがありつつも、そこ一辺倒で成り立っているものなのだろうか。『ジョジョ』は第一部から第七部へと話が進んでいくほどに、ストーリの複雑さが増し、また、リアリズムの要素も強くなる。物語の筋のなかには深刻なものが全面的に展開されてもいるが、それと同時に、何かが常にズレていることに、『ジョジョ』特有のユーモアがあるのではないか。私は、『ジョジョ』を、ある種の「冗句」の書ともとらえている。『ジョジョ』は「ロマンホラー」であると同時に、「ギャグ漫画」でもあるのではないか

・杉田は「ジョジョ」七部の「テニスの競技中…ネットギリギリにひっかかってはじかれたボールは……/その後どちら側に落下するのか…?/誰にもわからない/そこから先は「神」の領域だ/それは「無限」の領域」という言葉を引きつつ、「偶然」と「運命論的自立」について論じている

・これを読みながら私が考えていたのは、うすた京介の『ピューと吹く!ジャガー』「第312笛 そうだ、映画に行こう」であった。

・『ジャガー』に出てくるナルシスティックな登場人物、「ムガー」は、自分を題材にして、映画を撮る。「ムガー」により主演・監督のなされたその映画は、それを鑑賞するジャガーやピヨ彦を、呆然とさせるものであった。「ムガー」は病気の子供のために、悪の組織に奪われてしまった「薬」を取り返さなければならない。並みいる999人の子分を打ち倒し、悪の親玉を追い詰めたムガーであった。しかし最後の敵である悪の親玉は、大事な薬を盾にとる。

・「おおーっと!!いいのかムガー!?そんなバズーカで私を撃てば…大事な薬まで木っ端微塵だぜ!?」この危機に対し、「ムガー」は、「一か八か」の「可能性」に賭け、バズーカをぶっぱなす。そして、悪の親玉ごと薬を吹き飛ばしてしまう。病気の少年のことを思い涙するムガーであった。この薬がなければ、少年を救うことはできないのに。その悲痛な思いが奇跡を起こし、少年の病気が治ってしまったという、不条理なストーリーの映画である

・いかにしたら人間は、「自分に酔う」ことができるのか? 「自分に酔う」ためには、「病人」や「悪人」が必要なのではないか? 「悪人」も「病人」も、「自分に酔う」ためのオプションに過ぎないのではないか? そんな疑念を起こさせ、批評性のはらんだ場面であった。ジャガーたちが鑑賞する、作中作の映画であるからこそ、ご都合主義にご都合主義を重ねたメタ物語が可能なのであるが、ムガーがむせび泣きながら言う次のセリフ

・「一か八か薬だけは吹っ飛ばない可能性に賭けたんだが…私のせいだ…何が「奇跡の男」だ! 私は…病気の少年一人救えないじゃないか…!!」という言葉には、自分にもこういうところはあるかなーと、考えさせられてしまった

・杉田氏のなかには、「一=一」というものを探究する、ある種の神学的な真剣さがある。実際、深刻な人生と生活を精一杯生きていらっしゃるのだろう。一方、私は、自分をこのムガーのごときものかもしれないと考える。そして、ジョジョにおける「偶然」と、『ジャガー』における上記の「偶然」は、本来、相互補完的なものではないのかと疑ったりもする。しかし、杉田氏の今後のご活躍を期待したい
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