新城カズマ『ライトノベル「超」入門』 

ライトノベル「超」入門 [ソフトバンク新書]ライトノベル「超」入門 [ソフトバンク新書]
(2006/04/15)
新城 カズマ

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○感想

東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』が、その内容のヒントを多く依っていると言及した書

・ラノベにおける「キャラクター」概念の提唱、「近代文学」における「三人称神の視点」「一人称」「描写」を否定したものとしてのラノベという位置づけ、「ゲーム的なやり方での物語構築」等のアイディアが、東の論に大きく影響している

・東西の古い文学作品を引用して「キャラクター」は珍しい概念ではない、と但し書きをしている部分は東の『ゲーム的リアリズムの誕生』『キャラクターズ』より上

・談話をそのまま新書にした本のよう。文体は一般向け

○内容紹介

・2006年刊行

・ライトノベルは「思春期の悩み」を扱うのに、異世界・美少女・ロボット戦争等、何かをワンクッションあいだに挟む

・中高生に飽きさせず継続的に読ませるため、同一著者のシリーズの定期的な刊行、金額、ページ数等の制約が生まれる

・少女マンガでの恋愛ものの開花は六〇年代⇒少年マンガでは七〇年代末~八〇年代初頭(あだち充等が持ち込む)

・少女マンガにおけるおとめちっくマンガのリリカル路線…七〇年代前半⇒少年文化における「妹萌え」…九〇年代後半

・40年前の、ちんくしゃヒロインと白馬の王子様のモチーフ⇒ダメ少年と世界を救う鍵となる少女の構図

・ラノベには、書簡体小説と全体小説のみがない?

・『スレイヤーズ!』においてイラストのアニメ絵+アニメ塗りが確立。主線さえ描けば、分業できる

・「キャラクター」という言葉は、一九八〇年代のお笑いブームが語源? あるいはTRPG?

・ライトノベルにおけるキャラ意識は『天地無用!』からか。「ハーレムもの」と定義づけられる最初。ほかに、『卒業』『同級生』『ときめきメモリアル』など、ゲーム文化における「女の子インフレ」の影響力も考えられる

・「ハーレムもの」の原型は、『うる星やつら』からか

・80年代の『キャプテン翼』、『聖闘士星矢』に、すでに、「男の子インフレ」「キャラ」「属性」があった。90年代には『幽☆遊☆白書』がある

○130 「キャラクター」のゲーム源流説。ゲームという「方法/視線」が、「近代的な文学における登場人物」を「キャラ」に変えてしまったかもしれない
ゲームが表現できる物語…お話が一直線じゃない。複数のエンディングがある。枝分かれする複数の曲線の束からなる

132「近代文学のキャラクター=何かを選択し決断する、内面やら人格やらを持った人物」⇒「ゲーム的世界観の中のキャラクター=(任意の状況における)所作事や決め台詞の束」

134ゲームにおいて、登場人物が「選択と葛藤の責任を読者に任せてしまった」結果、「物語世界の中の人物は、「こういうシチュエージョンでは、こいつはきっとこういうことをするだろうなあ」という確率分布を――ありがちな状況の数だけ――重ねあわせたもの、として読者(というかユーザー)に理解されはじめる」

・登場人物は「性格=行動様式=外見やアイテムの束」になる

・近代文学「登場人物=内面があって葛藤と選択をする人格」⇒ゲーム・ライトノベル「キャラ=こういうシチュエージョンではこういう言動をみせそうな、いかにもそんな外見の人物」

・137「キャラという手法で物語を視る」というのはゲームの専売特許ではない。「能・狂言・歌舞伎といった一連の舞台芸術がすでに数百年前、「面」や「隈取」でほとんど同じことを成し遂げています。」

・川島芳子……ボク女

・「キャラ類型」は増え続け、「キャラ重ね」がなされるようになってくる。初期の歌舞伎が明確な類型に始まり、のちに複雑化していったのと似ている

・主要キャラは四~七人くらいがちょうどよい。『サイボーグ009』…9人。南総里見八犬伝…八人…キャラ配置の本ネタ→『八犬伝』。

・ライトノベルは原典をパロディにしたり引用したりする文化がある

・ライトノベルの著者あとがきは非ライトノベルより腰が低い

・ライトノベルは「同世代感、同時代感、ライブ感を重要視した小説」

・イラストの重視→「キャラ萌え」を引き出す。『八犬伝』も一緒。メディアミックスもなされている

・中世日本の神話・伝説・説話も引用の嵐。西洋のアーサー王伝説、中世ヨーロッパの悪魔本等もそう

・デュマの『三銃士』『モンテ・クリスト伯』、ドストの『罪と罰』も「キャラ立ち」「キャラ萌え」がすごい。ドストはライトノベルの書き手

・オタクは「束縛/従属/偏愛」で邪推する。「自由/平等/同士愛」の逆を行く

・「本当に小説には、地の文が必要なのか?」…「三人称・神の視点」「一人称の語り手」「情景の描写」は、「小説という技術が初期にかかえていた困難の、遺物」ではないのか

・「というのは、十九世紀後半までは写真技術が発達していなかったので、物を描写するのは文章だ、みたいな思い込みというか切実な現場の判断が、創り手側にあったんじゃないかな、と僕は想像しちゃうんです。当時はイラストを入れるにしても銅版画で金がかかるから、じゃあ手っ取り早く文章で書いちゃえ、みたいな。」

・近代西洋の小説の原型は、騎士物語のパロディと架空旅行記/漂流記…『ドン=キホーテ』と『ロビンソン・クルーソー』…「行った先の景色やら事物やらを延々と書くのが作法だった」が、これは「映像技術が、手頃な値段で出回ってなかったから」と考えられる…地の文という技法は、その名残である

・一巻あたりの売れ部数は八八年から九二年頃のほうが大きかった。刊行点数とレーベルが増えた

・二〇〇四~二〇〇五年に「ライトノベル解説本」出版ブームがあり、それがライトノベル・ブームと誤解されてレーベルの数が増えた

251「小説を(単に)面白がる、ということ」
平和になったために可能になった
「読まれるべき」という意識でなく、「面白いだけ」で読む

・ラノベは「児童小説と一般小説の間に生まれた隙間を埋めた」

・おたく要素を薄めた話が、「ハリポタ」、『バッテリー』

○チェック

フランス映画『O嬢の物語』
レヴィ=ストロース『神話論理』『やきもち焼きの土器つくり』
松岡正剛『知の編集工学』
スティーブン・キング『死の舞踏』
ササキバラ・ゴウ『〈美少女〉の現代史』
伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』
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・東浩樹『ゲーム的リアリズムの誕生』
東浩紀
[ 2008/02/21 17:48 ] 木棚環樹 [ 編集 ]
誤字の指摘、大変ありがとうございます
訂正させていただきました
[ 2008/02/26 06:51 ] 松平 [ 編集 ]
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