ケータイ批評の侃々諤々 

<ぴぴよぴよぴよぴぴよぴ~♪
歌はいいぴよ
またカラオケに行きたいぴよ

<あの、ぴよ彦さん
ご機嫌なところを水を差すようですが、そのカラオケ、会計が48000円だったらしいのですけれども

<48000円って何ぴよか? 

<カラオケ5人で会計が48000円だったのです
ぴよ彦さん、立て替えてもらっているんですよ

<そうだったぴよか? ぼくの月収より高いぴよ

<ぴよ彦さんの月給の話をしているんじゃないのです
他人様に立て替えていただいて、恥ずかしくないんですか?
ぴよ彦さん、そういうの多いでしょう
しかも、周りに迷惑をかけていても、気づいていないでしょう

<反省するぴよ
ごめんなさいぴよ

<今年度のぴよ彦さんは、いったい何をしていたんですか

<公園を徘徊してミミズをほじくっていたぴよ

<もっと生産的なことを行なってください

<でも、皆のおかげで、すごいものが生まれそうな予感がするぴよ
う、生まれるぴよっ!!

<生まれる? ぴよ彦さんって、メスなんですか?

<メスもオスも関係ないぴよ
生みたいものを生むだけぴよ

<それはどんなものなのです?

<ぼくが呪文を唱えると、干からびたミミズが蘇るぴよ
ぴぴよぴよぴよぴぴよぴ~♪

<今年度はグダグダな一年であった
しかし、いろいろな方に勉強をさせていただき、大変感謝している
R.E.S.第三部、第二章「ネットアイドルぴよ彦の放浪」は2008年2月24日にて、終了することにする

<なんで2月24日なんですか?

<2×2=4、ににんがし、ですから
ににんがし、を打ち破らなければならない

<なんですか、それ?

<2月24日は松平の誕生日です
30歳になります

<そんなことより、来年はどうするんです?
もう、普通の就職は無理ですよ?
グッドウィルに登録したらいかがですか?

<今考えているのは、「ケータイ批評」は世界を革命するか? というテーマです

<はい?

<近代文学と文芸評論は、NAMで終わった

<NAMなんて、もともと誰も相手にしていなかったでしょう

<そうなのかな

<大学人で、まともに取る人なんていなかったですよ
怪しい宗教だったわけでしょう

<この前、伊藤氏貴が「『文学の終焉(しゅうえん)』の終焉」(『群像』、2008年1月号)というものを書いていたけれどもね

<優秀な論文だったじゃないですか

<石原千秋はその論文について「【週末読む、観る】文芸時評1月号 終焉か新ジャンルか (2/2ページ) - MSN産経ニュース」でこうまとめている

「伊藤は「文学の終焉」の論点を、「商品価値の逓減(ていげん)」「社会的価値の下落」「政治的影響力の低下」の3点だとしている。」
「これは「純文学」に関する議論であ」る

「これら「近代文学」が持っていた属性をすべて反転させると「ケータイ小説」が生まれるのではないだろうか。「ケータイ小説」を「近代文学の終焉」の一つの里程標と見るか、それとも新しいジャンルの誕生と見るかによって、日本の「現代文学」はずいぶん違ってくるだろう。」

<それは、その通りなんじゃないですか?

<いや、伊藤も石原も、「思想地図」派も、それでも、「文学」の問題のコアを貫けていないのじゃないかとぼくは思っている

<どういうことです?

<近代文学と文芸評論はNAMとともに終わった
これはもう一度、検討しなければならない
ライトノベルとケータイ小説は、東浩紀とともに終わった
これは、今後その展開を見守らねばならない
そして今、「ケータイ批評」が隆盛してきた

<なんですか、それ?

<SNS論壇とブログ論壇のこと
それらをケータイで読む人が多いでしょう
今後、世界は、「ケータイ批評」が支配するかもしれない

<ケータイの画面、目がちかちかして読みにくいですよ

<だから、読みやすく書く必要はあるよね
でも、「ウェブ」と「紙」で論争になったら、「ウェブ」が勝つに決まっている
更新速度が違いすぎるから
重要なのは、次のことでしょう

・「ケータイ批評」は文芸誌の不良債権を精算する

・「ケータイ批評」は大学界を根本的に変える

<よく分からんです

<まあ、おいおいと分かりますよー
致命的な変化は、徐々に起こっていくはずです

<2月24日、R.E.S.第三部、第二章「ネットアイドルぴよ彦の放浪」了
R.E.S.第三部、第三章、「ケータイ批評の侃々諤々」開演!!
「文芸空間」はケータイでも読める!!
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松平さんが圧倒的に遅れていると思うのは
WEBや携帯で文学が変わるみたいな発想をする割にWEB(携帯web含む)を知らないことです。

インターネットが出てきたのがWin3.1発売の1993年。
それ以前からパソコン通信はあった。
日本のパソコン通信の始まりは1980年代半ば。
例えば、「現代詩フォーラム」はパソコン通信時代から既にあった。
元祖webライター田口ランディもパソ通時代から有名コテハンだったらしい。

ネットを通じて全世界に情報発信。ネットで有名になれば出版社から声が掛かって、作家デビューも夢じゃない。みたいな幻想があったのが1990年代から精々2000年ぐらいまでで、ネット幻想が崩壊した所から東浩紀はスタートしている。

例えば20年の歴史を持つ現代詩フォーラムからどんな著名作家が生まれたのか?誰も生まれてないじゃないか。

二日で100万ビューを誇った侍魂(注1)
http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/tamasiitop/robotyuugoku/robotyuugoku.htm
は何故、単著を出せなかったのか?

侍魂に代表されるテキストサイトの文体、色付きの倍角文字、改行の多用、縦スクロール、画像の多用は紙媒体へ落とし込めないのか?

ケータイ小説というが、携帯電話でWEBを見る制度は日本にしかなく、アメリカでも韓国でもWEBはパソコン及びi-padでつながる。その辺りをどう考えるのか?

さらに言うと、携帯webのフォーマットは三社、メーカーごとに異なっていて、厳密にはwebではなく、携帯から携帯会社の公式携帯サイトにつながって、公式サイトからの選択でdocomoならdocomoと提携している会社の携帯サイトにつながる。つまりdocomoと提携をしなければdocomoの携帯から見えるサイトを作ることが出来ないシステムだった。docomo独自のブラウザやdocomo独自のフォーマットがあり、docomo関連サイトの外には出れない。

通常のWEBの場合、アドレスを記入することによって、もしくは検索サイトで検索することによって、世界中のHPとつながるが「携帯サイト検索」の多くは精々何百のサイトしか登録できず、新しくHPが登録されると、古いHPは削除されるシステムだ。

携帯会社ごとにブラウザやHTML記法のフォーマットが異なり、互換性がないため、大手会社は三機種あれば、三つ公式HPを作るという状態であった。ここに互換性を持たせたのが「魔法のiらんど」や各種BLOG・各種SNSになるわけだが。

注1:出典12月26日あとがき参照
http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/sou/12/tokubetu.htm
[ 2008/02/23 21:13 ] 木棚環樹 [ 編集 ]
mixi日記や2ちゃんねるを携帯で読む人が相当数いるわけでしょう
かつて文芸誌・論壇誌が果たしていた、大文字の批評というよりも、そういったライトな批評が今後、知的なものの主流になるのではないでしょうか

たとえば
・見開き2ページ程度の横書きの批評
・ブログの優良な記事を編纂
して、活字化して落とし込む、とかそういったウェブ批評的なものは、可能性があるのじゃないかと思います
[ 2008/02/26 06:58 ] 松平 [ 編集 ]
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