東浩紀編著『波状言論S改』 

波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由
(2005/11)
東 浩紀、北田 暁大 他

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東浩紀編著『波状言論S改』

◎2005年刊行
2004年に東が行った対談をまとめたもの
名著

◎感想、東浩紀「データベース型人間」論について

1995年ころから社会は動物化の時代に入った
ツリー型構造からデータベース型の社会へ移ったのだ
という東の主張がある

ツリー型構造というのは、マルクス主義に含まれていた権力観である
ツリーのトップに、責任と主体を負わせるのがツリー型の社会把握だ
2次大戦後、戦争責任の追及とからめて、このような社会認識が、クローズアップされていた

たとえば、労働者と会社の関係をツリー型のものだと認識する
学生と大学の関係をツリー型に認識する
国民と国家の関係をツリー型に認識する
それらの各レベルにおいて、構成員を、規律・訓練により、上位の権力者が組織している、といったものがツリー型の現状認識だ
組織を組織として運営する実践面において、ツリー的な形は必須のものでもある

こういう認識方法は、上部構造を「悪」と規定することにもつながる
ツリーのトップを悪とし、自己を下部のものだと位置づけ、悪と闘う
状況をツリー的にとらえるということは、実践的な行動の契機ともなりえた
ただ、組織を上部と下部に分け、上部を批判する、という行動は、批判者自体の正義に疑問が持たれる面もある
ソ連の官僚制自体、一つのピラミッド構造であった
また、左翼運動をする組織も、ピラミッド的な形式を持ってしまう
批判する主体の正義が問われ、批判という行為自体倦厭されるようにもなった

米ソの冷戦が消失し、アメリカ型資本主義が勝利した
そのことをメルクマールとして、ピラミッド的な社会認識自体を退けたのが、東の『動物化するポストモダン』だったのだろう

しかし、東の「データベース型人間」論は、「消費者」に焦点を合わせた論だという側面が強くはないか
それぞれの消費者が、それぞれの欲しい商品に任意にアクセスできる
それぞれの消費者は、それぞれの趣味の共同体に、はまりこんで生きている
消費者が商品購入をなす構図を横からとらえたとき、データベース的な人間像は浮かび上がる

しかし、ツリー型の社会認識も、一定部分必要なのじゃないか
たとえば会社において
国家と国民において
先生と生徒において
労働者が賢い労働者たりうるためには、会社とやりあわなければいけないこともあるだろう

国家と国民の関係は、データベース的なものだということは、たとえば国民総背番号制などのシステムにおいて、そのようにみなせる部分もあるだろう
しかし、ツリー型の社会把握を切ってしまって本当にいいのか
会社と労働者の関係も、テータベース的なものだということでいいのか
国際的な正義とはどのようにとらえられるのか
労働というものをどう考えればいいのか
資本の運動というものをどう考えればいいのか
検討すべきことがらもありそうだ

◎感想、性愛のあり方について

Ⅰ 性欲の対象

A複数の性愛関係を持つ
B単数の性愛関係を持つ
c性愛関係を持たずオナニーもしない
d非オタク的オナニーをする
eオタク的オナニーをする

Ⅱ 上記パターンにおける、男性版と女性版

女性における、A複数の性愛関係を持つ、というパターンは、行なうものダメージが大きい
宮台はこれを礼賛することから撤退した模様である
長期的に見て、eオタク的オナニーをする、東派の方が勝利したようだ

『波状言論S改』の宮台×東対談は、この明暗が浮かび上がっていて面白い
社会的な流動性に耐えられなくなった宮台は、弱者を切り、国家共同体へと回帰した

複数の人間との性愛関係においてダメージがあるのは、金を受け取る側の性である女と、家庭における子供なのである
セックスをしたうえで恩を着せられてお金を受け取らされることは、精神的に傷つくことが多い
オタク的な価値観は、家庭不和を回避しつつ消費者共同体を維持する点ですぐれている

もっとも、浜崎あゆみ的なコギャル系の文化の後継が、一定の規模のまま持続していくことも確かだろう

◎宮台×東対談の内容

・宮台と大塚の90年代の仕事はカルスタであった。大文字の政治とは別に、さまざまなマイナーな文化運動のなかに「対抗的公共圏」を見出す方法論である(東)

・全共闘の弟分としての新人類世代(ガイナックスもそう)までは、サブカルの担い手は政治的鬱屈を抱えていた。しかしそれ以降はサブカルと政治が切り離された(宮台)

・「脱社会的存在が遺棄されるのはしかたがない」とする宮台と、「降りる自由」をのべる東の対照が浮かび上がる

・近代は流動性を高めるシステムであった。流動性から収益をあげることでシステムを回すのである。しかし、流動性と多様性が両立しない状況が生まれてきた。そのため、流動性を重視するリバタリアニズム(あるいはネオリベ)と、多様性を重んじるマルチカルチュラリズムの二つが分かれてきた

・宮台の援助交際礼賛は、失敗であった。流動性を代表していたコギャルたちは、10年後の今日、結局はメンヘル系であることがわかった

・東の『動物化するポストモダン』には、「流動性に耐えているのはむしろオタクである」という主張が盛り込まれていた

・宮台「調査によれば、風俗の仕事も常習的な援交もたいてい二年以上は続かないし、続けている子にはメンヘル系の子が多い」

・大塚、浅田、大澤にくらべて、宮台は脱社会的な要素が強い。生きていることと死んでいることに差はない、とするような感覚である

・宮台『サブカルチャー神話解体』の人間類型の現在は次のようなものに分かれる。関係性提示機能の要求を行うのは、浜崎あゆみ系、自傷系、引きこもり系である。異世界提示機能の要求を行うのが、ヴィジュアル系、ゴスロリである。歌謡曲的ネタ化機能の要求を行うのは、2ちゃんねるであり、擬似的な弱者共同体を形成していて、「動物化」した人間たちだ

◎東×北田対談

・90年代初めでは、『批評空間』の第一期と『インターコミュニケーション』は素晴らしかった。『批評空間』は文学と社会学、二つの方向に向かう可能性があったが、文学的美文にこだわり、カルスタ、ポスコロを馬鹿にし、社会学を切ったことでおかしくなった
・2ちゃんねる的なポストモダン空間と、前近代のカーニヴァル的な声の空間の関係はどうなっているのか

・北田の昭和初期婦人雑誌論は、2ちゃんねる論へと通じうる。それらの誌面は広告と記事の区別がつかず、香具師的である。これはウェブもそうだ。私的な趣味が、公的な人間関係の中核になっている。男性中心の公=政治空間から閉め出された場所で、婦人雑誌は消費社会を背景にして、趣味や人生相談の共有を通じたコミュニケーション空間を作りあげた。そういうコミュニケーションしかできない消費の主体へと生成されるのである。これらの特徴はすべて2ちゃんねるやオタクにもあてはまる。昭和初期における主婦と、現代社会におけるオタク。それらの消費者を、あるていど脱社会化しつつ、適度に社会化しておくために、かつての婦人雑誌と、現代のネットは存在する

◎東×大澤対談

・宮台は天皇を、大澤は九条を肯定するようになったのはなぜか。それは55年体制のシミュラークルに過ぎないのではないか(東)

◎チェック

東浩紀「情報自由論」
http://www.hajou.org/infoliberalism/index.html
ウルリッヒ・ベック『危険社会』
宮台真司『制服少女たちの選択』(文庫版)
ノージック『アナーキー・国家・ナショナリズム』
渋谷望『魂の労働』
宮台『サブカルチャー神話解体』
酒井隆史
毛利嘉孝『文化=政治』
ラインゴールド『スマートモブズ』
立岩真也『私的所有論』
ギデンズ『近代とはいかなる時代か?』
ギデンズら『再帰的近代化』
鈴木淳史『美しい日本の掲示板』
斎藤環『心理学化する社会』
レシング『CODE』
大澤真幸『電子メディア論』
ライアン『監視社会』
サンスティーン『インターネットは民主主義の敵か』
竹内洋『教養主義の没落』
山之内靖『再魔術化する世界』
レーヴィット『ウェーバーとマルクス』
ロールズ『正義論』
レヴィ『ハッカーズ』
キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』
森川嘉一郎『趣都の誕生』
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