フーコー『監獄の誕生』 

監獄の誕生―監視と処罰監獄の誕生―監視と処罰
(1977/09)
ミシェル・フーコー、田村 俶 他

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東浩紀の「規律・訓練」

東浩紀思想には二つのキーワード、「規律・訓練」と「環境管理」がある。これらはフーコーから導き出されたものである。フーコーの『監獄の誕生』に「規律・訓練」概念が登場した

・東において、「規律・訓練のなされない動物としての人間」というアイディアは的を射たものなのか? 「規律・訓練」がよくなされる社会とそうでない社会がある。現代日本は後者である。という論の設定は、学的に正当性があるのか?

・そもそも、フーコー『監獄の誕生』における規律・訓練概念は、「一望監視装置」が重要な役割を果たしていた。「一望監視装置」は具体的な「建物」がその象徴となっている。つまり、フーコーにおける規律・訓練には、東のいうところの「アーキテクチャ」の要素がすでに含まれている。「規律・訓練」と「環境管理」を分離した東の論は、フーコーのものよりも、確かに成功したといえるのだろうか?

・東は「規律・訓練のなされない動物」という発想を持つ。しかし、お金をお金だと認識できないとか、犯罪を犯罪だと認識できないだとか、それらの、「人間」としての致命的なトラブルは、日本人において、一般に回避されていることが多い。この点を鑑みれば、日本人は基本的に、よく規律・訓練がなされているとの、結論を出せそうでもある。検討を要する。

◎フーコー『監獄の誕生――監視と処罰』の章立ては以下のもの

第1部 身体刑
第2部 処罰
第3部 規律・訓練
第4部 監獄

「第3部 規律・訓練」のうちの「第一章 従順な身体」と「第二章 良き訓育の手段」の内容を要約する

◎要約

第3部 規律・訓練

第一章 従順な身体

p.141 兵士の身体

p.142 十八世紀にかくも多大な関心がよせられた、従順さにかんするこうした図式のなかで、斬新なものは何であったか
十七世紀および十八世紀
・取締りの尺度――活動的な身体へおよぶ無限小の権力である
・取締りの客体――体力と、訓練
・取締りの様相――「それは活動の結果によりも活動の過程に留意する、絶えまのない恒常的な強制権を含むのであり、最大限に詳細に時間・空間・運動を碁盤目状に区分する記号体系化にもとづいて行なわれる」

p.144 適用領域――私立学校→小学校→施療院→軍隊組織→工場

p.147 ○配分の技術
規律・訓練がおこなう技術
〔1〕閉鎖
〔2〕碁盤割等、区分けによる個人支配
〔3〕病院・軍・工場での区分
〔4〕序列――学校での序列

p.152 規律・訓練は《独房》・《座席》・《序列》の組織化によって複合的な空間を、つまり建築的なと同時に機能的で階層秩序的な空間をつくりだす

p.154 ○活動の取締り
〔1〕時間割
〔2〕時間面での行為の磨きあげ
〔3〕身体と身振りの相関化
「たとえば上手な字を書くためには、一つの身体訓練――足の先から人差指にいたる全身が厳密な記号体系〔=準則〕によって包囲される、そうした一つの習慣全体が必要である」
〔4〕身体=客体の有機的配置

p.160 ○段階的形成の編成
p.163 「権力は時間にたいして直接明確な姿をあらわし、時間の管理を確実におこない、時間の活用に責任をもつ。
 規律・訓練の方式によって、線形の時間が出現するわけで、その一刻一刻は相互に統合され、その時間は最終的な安定した地点へ向かって方向を定められる。要するに《進化発展》の時間。」
p.164「社会の進歩発展と個人の段階的形成という、十八世紀のこの二大《発見》こそは多分、権力の新たな諸技術と相関的であろうし、より正確に言えば、時間の管理と活用における、線分単位の分割や系列化や総合ならびに総体化などの新たな方法と相関的であるにちがいない。」

・時間の系列の中心には《訓練》がある

p.165 ○さまざまの力の組立
軍隊について
〔1〕身体は多様な線分状の機械装置の部品として組織される
〔2〕規律・訓練は、時間継起上の系列を結び合せ、国土全土を全年齢層に渡り精密に覆い尽くす
〔3〕規律・訓練において重要なのは命令の理解ではなく、信号の発信と受信である

p.169○まとめ――四つの性格のそなわった個人性を造りだす
・空間配分――独房的―― 一覧表を作る
・活動の記号体系化――有機的――操練を規定
・時間の累積――段階的形成――訓練を強制
・さまざまな力の組立――組合せを旨とする――《戦術》を整える

p.171 「完璧な理想社会の夢想をば、好んで思想史家たちは十八世紀の哲学者たちと法学者たちに帰しているが、他方さらに、現実には社会の軍事上の夢も存在したのである。それの関連枠は自然状態にあったのではなく、一つの機械装置の入念に配属された歯車に存していたのであり、原始的な契約にではなく果てしない強制権に、基本的人権にではなく無限に発展的な訓育に、一般意志にではなく自動的な従順さに存していたのである」(ルソー『社会契約論』批判)

第二章 良き訓育の手段

正しい規律・訓練は「良い訓育」

p.175○階層秩序的な監視
軍、学校での規律・訓練のための監視の中心点と、中心から階層的な支配の形成

p.181○規格化をおこなう制裁
〔1〕処罰
〔2〕法的=自然的な秩序による罪が科せられる
〔3〕逸脱をなくす
〔4〕規律・訓練の処罰は恩恵=制裁の二重の体系の一要素である
〔5〕序列や段階に基づき、恩恵=制裁をなす

p.188○試験
監視をおこなう階層秩序の諸技術と規格化をおこなう制裁の諸技術とを結び合せるのが試験である

〔1〕規律・訓練における個人を服従強制(臣民化・主体化)の状態に保つのは、たえず見られているという事態、つねに見られる可能性があるという事態であり、試験でこれを学ぶ
〔2〕試験は個人性を記録文書の分野の対象にする
〔3〕試験は個人を一つの事例に仕立て上げ、一つの主体に一つの客体が、一つの権力に一つの支配を構成させる

p.195○まとめ
・規律・訓練は、個人化にかんする政治的な軸の上下転倒をなす
・大人より子供が、健康人より病者が、普通人より犯罪者・狂人が、よりいっそう個人化される
・フロイトが重要?
・権力は、排除・抑制などの否定的な効果をなすというより、客体の領域を生み出しているとみるべきである
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松平耕一様

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[ 2012/04/30 09:56 ] 大絶画 [ 編集 ]
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