Web環境における文系研究と21世紀の文芸誌 

・女子院生による新書、金益見『ラブホテル進化論』について小谷野敦ブログで記事を書いている。
(美人!?)女子院生を、(三流私大の!?)大学の先生は、とりたがるものなのかな、というお話。もともと、博士課程を出る以前に、単著を出してもやっかまれるだけだよ、というのが小谷野さんの持論であったようだ。女子院生の新書出版というのは、その件と関わる話題なのでしょう

・「神戸学院大学の院なんか行っても未来はないので、みなさん勘違いしないように。」というのが小谷野氏の結びの言葉。しかし、そもそも、行って未来のある院って、あるのかなとも疑う。文系大学院って、何のために存在するのかしばしば分からなくなる

・また、博士号をもっていなくても単著出してたりする先生も学科によってはいるだろうし。そしてそもそも、本をまったく出していない先生って、どういう活動をしているのかなと不思議ではある

・文系の院は

○その大学を出ると何になれるのか

・就職先一覧
・所属人数
・何年で卒業したか

といったことを、どの大学も標準的にWebで公開していくべきだろう。ちゃんとした大学ではやっている。三流私大ではやっていないところが多いよう
それのみならず、

○その院で、どんな研究をしているのか

・何本のどんな題材の論文をどこに発表したか
・論文を全文アップ
・紀要を全文アップ
・レジメをアップ
・Web上での論文・レジメの検討をできるように、コメント欄・トラックバックを可能にする
・修士論文・博士論文をアップ

○といったことも、行なっていくべきなのじゃないか?
とある大学では、とある学会では、とある思想のパラダイムのみが通用する、という状況がもしもあるのだとしたら、奇妙なことだろう。Web上で、すべての学者同士が相互検討・相互批判できるように、学術研究のやり方を変えていかなければならないのではないか。つまり、「Web環境における文系研究」のシステムを開拓する必要がありそうである

○上記の小谷野氏のブログの後半の文章も面白かった

・田中和生と高橋源一郎の批評家は不要か? 論争とも関わるもの

・「それにしても、作家と批評家が対立関係にあるみたいな言い方はおかしいのであって、作家だって時評で悪く書くことはあるし、作家から言われるならいいが批評家から言われるのは嫌だ、というのは、実はちょっと理解するのだが、昭和初年は作家でもけっこう厳しい時評をしたものである。私はごく単純に、文芸雑誌の編集部が、厳しいことを言う批評家、たとえば糸圭秀実、渡部直己に始まって、斎藤美奈子とかを排除しつつあるのではないかという疑念すら抱くのである。」

・文芸誌の編集者は、厳しいことを言う文芸評論家を排除しつつあるのかと問うている。しかし、文芸評論は、文芸誌の売上、文芸評論書の売上などで、出版社に貢献しうるものなのか? 文芸評論家の社会的役割って何なのでしょうかねーと思う

・とある方に、最近の松平のブログは東浩紀偏重なのじゃないかと指摘を受けた。東の文芸評論なんて、文芸評論じゃないじゃん、というのがその方の主張のよう。でも、多くの読者の心性を、知的な文章でもって代表することが評論の役割だと思う。なので、多数の読者に読まれるようなテクストを生産できる人も、まあ、すごいとぼくは思いますね

○チェック
斎藤美奈子『週刊朝日』の桜庭一樹評
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