アキハバラ事件追悼コスプレサウンドデモに東浩紀は参列する 

2008年6月29日(日)、「G8サミット直前東京行動 オルタナティブサウンドデモ」に行ってきました
http://www.jca.apc.org/alt-g8/ja/node/280

雨宮花梨さんと、増山麗奈さんがいらしていた
萌ええ
雨宮さんのファッションセンスって、好き
増山さんは、小さいお子さんを一人お腹に抱え、もう一人のお子さんを連れて、傘をさしながらのデモ参加
ほほえましくも、大変そう

お二人がこのデモにいらっしゃることは二日前の『ロスジェネ』イベントで、ある意味では予告されていた
6月27日(金)には、「超左翼マガジン」の『ロスジェネ』創刊記念として、新宿でイベントがあり、それにお二人とも出席
んで、そのときに、秋葉原事件の話題がでました
秋葉原事件のようなおかしなことをやってしまうくらいなら、デモに行って社会と闘おう
そういう主張をお二人ともなさっていた
ぼくもお二人の意見に基本的に賛同したので、日曜はデモに行くことにした

・ロスジェネ
ロスジェネ 創刊号ロスジェネ 創刊号
(2008/05/28)
赤木 智弘浅尾 大輔

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ロスジェネイベントは、現代における様々な問題点を浮き上がらせてもいた
このイベントでは、東浩紀の舌鋒の鋭さは、いつものごとく光っていた
東さんは、ロスジェネ執筆陣ではない
アウェーでの出席
ロスジェネの第一回の対談は、「ぼくらの希望は「戦争」か「連帯」か」と名付けられていたが、東さんは「希望などない」と論陣をはる
左翼的な運動と、デモの有効性というものを真っ向から退けていた
確かに、このロスジェネという雑誌の企画、第一号はかなり売れたようだが、不安材料が多い

・イベントが満席になっておらず、若者が少なく年寄りが多く、熱気がない
・若者向け左翼雑誌という、パブリシティの高さが売りになり、新聞社的には超オッケーという大きな扱いだが、実際の若者がついてきているのか疑わしい

二号三号と、快調に続けていくことができるのか、様子をうかがわなければならない
実際、現代の若者の間で左翼運動の盛り上がる気配は、全く見えない
学生運動の様子を見ていればよく分かることだ

ロスジェネイベントでは、その時間のかなりの部分を、秋葉原事件に割かれた
秋葉原事件への対応がどうであるかで、各知識人の方向性は見える
前々から疑問だったのだが、東さんの議論では、秋葉原事件を防ぐことができないのじゃないかということ
内面的な倫理の構築ということをキャンセルしましょう
工学的な環境を設備し、人間の生を管理しましょう
ナイフの販売を禁止しましょう
危ない人にはドラッグを与えて沈静化させましょう
そういう理論を、もしもある知識人が唱えたとしたら、その人は、もはや、「知識人」とはいえないんじゃないの? と思ってしまう
『動物化するポストモダン』から『思想地図』1号まで、東さんは、日本人はみんな、馬鹿でもオッケーだよ、といっているかのようにみえる
一貫性はあるが、それでは効かない限界の露出したのが、秋葉原事件だったのではないか?

たとえば、人殺しはなぜ悪いのかということ
殺人を禁じる法はどのように形成されているものなのか?
そこを組み立てている理論というのは、マスコミ業界においてもWebにおいても、あいまいなまま話が進んでいることが多い
現状の持続を善とし、変革を悪とする
ほとんどそれに近い、消極的な位置づけのみで、殺人というものを否定しているのじゃないか
周りの気分で流され、生権力に囲い込まれて、植物的な・動物的な生を無自覚に送ることからは、大きなトラブルが生じうる
生権力に拘束されて、生を肯定し死を否定する
それは、世界宗教より倫理として劣る
生権力における盲目的な生の肯定が、この世にははびこっている
それは、世俗化された、アヘンのごとき宗教に過ぎない
生きていることと死んでいることの差異は何なのか
「善く生きること」を肯定しうるものなのか
一から始めて、基本的なことから、倫理学というものを構築しなければならない
そうでなければ、文系学問の存在する意味はないのである

なるほど、東さんがデモや運動の有益な面を否定し、それが生み出す暗黒面を強調するのはわからぬでもない
しかし、東さんの議論にも、一足飛びなところがある
「大きな物語」が崩壊したから、すでにみんな「動物化」されていていいんだ
マルクス主義がなくなったから、「運動」はなくなっていいんだ
そういう短絡的なところがある
東さんは、デモなんてやっても意味はないのではないか、と述べる
もちろん、東さんのおっしゃることはよく分かる
しかし、目標というものの置き方次第ではないのかという気がする
個別的な、何らかのトラブルが、社会に明瞭な形で存在するとき、その個別的な問題点を改善し、変革させるために、運動体やデモというものが形成されてもいいだろう
多くの人に物質的に見える形で、思想信条を多人数でアピールし、社会的な問題提起をなすこと自体は、必ずしも無駄なことではないだろう

もちろん、旧弊的な運動にも、大いに気になるところがある
多くの運動体において、運動を推進するのがおっさんばっかなことだ
穿って考えてみると、若者が運動を否定するのは、世代間闘争の一種なのではないか
じじいに従順な、少数の若者だけが運動に参加するという状況が、生じているところもありそうではある
東さんは、世代間を乗り越えて手を結ぶことは必要、としつつも、自分は世代間を乗り越えられているかというと、実はそれが課題でもある、と自己認識を示していた
デモに参加しない、という態度も、倫理的な行為として、ある種の思想・心情のプロパガンダだといえる
むしろ、東さん以下の若い世代というものは、「デモに参加しない」という形で、「デモをしている」とすらいえるのではないか
2ちゃんねるやニコニコ動画が、ある種の学生運動であることは明らかだ

たとえば、法政大学でもドンパチ学生運動をやっているのだが
関東圏でなされている旧来的な、セクト・ノンセクトに指導され・実践されている学生運動を見ていると、しばしば痛々しい
ほとんど、大衆への説得を無視しているようにみえる
自分から若い世代へと共感能力を上げ、近づく努力をすることがない
そのうえで、極左的冒険主義を繰り返す例を見かける
それでヒロイズムに浸っていたりするのならば、Webからみて、お笑いの的にしかならない

今は、Webがあり、思想信条のプロパガンダはかつてより、はるかに容易になっている
Webというものは、ビラやトラメガ、デモがかつて果たしていた役割のある側面を、代行しうる
Webを使った形での運動を展開していくことが、キャンパスでの闘争以上に、重要になるのは当然ではある
その点を考えずに、キャンパス内での規制強化にムキになり、いたずらに体力を消耗するのは微妙だ

アキハバラ事件から学ぶべき教訓は、私たちの社会が、隣人への愛や共感能力を育む回路を消失しているということだ
資本の運動のなかで、各個人の労働力も精神性も、断片化され、細片化していかざるをえない
そのような状況において、どのようにして、物理的・精神的な面で、安定した生や人間関係の信頼性を回復しうるのだろうか

また、「アキハバラ的なもの」というのは、一つの、彼岸の価値ではないかと私は考えている
渋谷や原宿は、資本の運動の先端に位置する美により形成されている
渋谷や原宿は、資本の運動への疑問と反省を持たない
一方、「秋葉原的なもの」とは、資本の運動において、こぼれおちたものを集めた文化なのではないか
もともと、資本の運動のまき散らすトラブルを、回収するものとして、学生運動はあった
資本の運動の弊害は、かつての学生運動の代わりに、現在、秋葉原的な美が回収することで、落ちこぼれの若者たちに、慰安と承認を与えている
東浩紀の重要性は、ここにある

実際の秋葉原事件について私はよくは知らない
しかし一つの仮想実験を行うことができる
あるディープなオタクが、秋葉原を壊そうとする
それは、このような事件でありうる
「秋葉原的な美」とは、資本の運動の敗北者にささげられた、仮想世界である
オタクは他人の欲望を欲望する、という回路から逃れ、虚構に耽溺する
しかし、虚構の虚構性はいずれ絶望にたどり着く
かれは虚構の美を打ち壊したくなる
虚構の美を滅ぼしたいという一念は、人に危害を加えてはならないという、禁止の法を越えて高まる
虚構の美に火を放つ行為自体が、一つの強烈な美として、彼を誘惑する
その美は、唯一絶対無二の、現実的なものとして、快感原則の彼岸として、彼に接近してくる
そのとき、生というものはゲーム的なものではない一回性のものとして、初めて、彼の前に立ち現われるのである

今、倫理の構築はいかになしうるのかと真剣に考える学生運動家がなすべきことは、「秋葉原事件追悼コスプレサウンドデモ」をなすべきであろう
それは、セクト的なデモであってはならない
ノンポリであるとか右翼であるとか左翼であるとかを越えて、いかにして、今後の日本における倫理というものの構築が可能なのか
その友愛の回路を探るデモでなければならない
そのデモには、きっと、「クラナドは人生」と考える東浩紀が、岡崎朋也にコスプレして参列していることだろう
その隣には、古河渚にコスプレしたほしおさなえが、汐音ちゃんの手をつないで歩いていることだろう
私は、涼宮ハルヒにコスプレをして参加するつもりだ
街における倫理の再構成は、そのような地道な形においてしか、なされないのではないかと私は思う


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