天野年朗様と制作に取り組んでいた同人誌『新文学』は、いよいよ11月9日(日)に、文学フリマで販売します。とてもいい出来栄えです。内容紹介をいたします。

★天野年朗パート
○天野年朗「アスペクト論」他
天野さんは『m9』でデビューして以来、フリーライターとしても活動していらっしゃいます。「アスペクト論」では、「新しい文学」に関係ある「ロングテールの作家性」などを論じています。
ライトノベル、デジタルノベルなどを一つの新文学ととらえつつ、作家性に注目した形での特集を組んでいます。作家や言論人は、出版社や大学との結びつきから、なかなか離れることができないものでしょう。しかし、Webを駆使することで、独立した文学者として、屹立することはできないものなのか。『新文学』を編集するにあたっての、天野さんのとしての問題意識には、そのような問いかけが、一つには見出せそうです。このテーマは松平も共有しています。私としては、ツンデレに内在する他者性についての小論なども面白かったです。
・萌え理論 Blog
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/○SAA 表紙イラスト・本文ミニカット 「はいかぶりの音楽」(絵)
SAA様は、『メイドカフェぶろっさむ』の著者でいらっしゃいます。今回は表紙イラスト・短編ライトノベル「はいかぶりの音楽」の挿絵・本文中のミニカットを描いて下さいました。表紙絵は「魔法少女はてなちゃん」です。超カワユスっ★
◎特集1 ライトノベル
○灰原とう 「インタビュー 灰原とう」「はいかぶりの音楽」(文)
灰原とう様は、ガガガ文庫『イメイザーの美術』の著者でいらっしゃいます。ラカン等も参照しつつ創作をなさる知的な作家さんです。今回は、作・灰原とう/絵・SAA様のコラボで、短編ライトノベル「はいかぶりの音楽」をお書きいただきました。
かわいらしい天使のごとき外見の少女。しかしその正体は、心臓の鼓動をもたないニセモノの生命「はいかぶり」であった。小学校へと誘い込まれた男は、お菓子を与えられて太らされたあげく、最後には、食べられてしまうのか。それとも……? スイーツな素材にビターな後味。終末観あふれる短編ライトノベル「はいかぶりの音楽」は、現代社会への鋭い批評とも読めるかもしれません。
○榎本秋 「インタビュー 榎本秋」「ライトノベル2008〜ライトノベル文学論(抄)」
榎本秋様は、『ライトノベル文学論』などの著者でいらっしゃいます。ライトノベル界の動向について、ライトノベルの書き方について、お話を伺いました。
○榎本秋 「泉和良+ジスカルド 10の質問」「緊急対談! 泉和良×ジスカルド」
ゲームを個人制作し、Webで一般公開する。自力制作したフリーウェアゲームにまつわるサブ商品の販売により、独立独歩の形で、生活を立てることを目指す青年。社会学的観点からみても興味深い恋愛小説『エレGY』の作者さん、泉和良様へのインタビュー。
・アンディー・メンテ
http://f4.aaa.livedoor.jp/~jiscald/○魔王14歳 「対談 しろうと×魔王14歳」
フリーシェアワールドの「ゆらぎの神話」を運営していらっしゃる魔王14歳様と天野さんの対談。フリーゲーム・二次創作・同人といったアマチュア創作の可能性についてお話いただきました。
・魔王14歳の幸福な電波
http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/◎特集2 デジタルノベル特集
○速水健朗 「「ケータイ小説的。」外伝 オタク・スイーツ化する都市独身生活者たち」
『ケータイ小説的。“再ヤンキー化時代の少女たち"』の著者で「30代最高のケータイ小説評論家」と名高い速水健朗様。オタクと「スイーツ」の政治的な傾向、経済的な位置取りについて扱った、興味深い論説をお寄せいただきました。
○「インタビュー アイシェア」
ケータイ・サービスを提供している株式会社アイシェア・メイド部テクニカル萌えリストの戸川はるか様に、ケータイ界の動向を伺いました。「私立★レクメール学園」との関連で、ケータイにおける女性向けゲームについても触れられています。
・乙女のための恋する携帯コンテンツ 私立★レクメール学園 オフィシャルサイト
http://recmail.club.jp/pc/○「インタビュー W社」
ケータイ・アプリの開発企業であるW社のI様に、ケータイ界の動向を伺いました。
○「インタビュー まぜまぜのべる」
京都創楽株式会社・代表取締役の首藤宏仁様に、「まぜまぜのべる」について、またノベルゲーム制作エンジンなど関連する話題について伺いました。「まぜまぜのべる」はWebブラウザ上でノベルゲームが作成できるという、画期的なネット・サービスです。
・ノベルやゲームがWebで作れちゃう!「まぜまぜのべる」
http://www.mazenove.com/top/index.php○kagami 「対談 しろうと×kagami」
美少女ゲームと古典文学に通じていらっしゃるブロガー、kagami(ねこねこ)様にお話を伺いました。「AIR」「夢幻廻廊」などの作品を中心に、ノベルゲームと古典文学との関連を指摘されています。
・ねこねこブログ
http://nekodayo.livedoor.biz/◎特集3 キャラクター
○濱野智史 「初音ミクに出馬させてみた――「共有党宣言」のための覚書」
ポストモダン社会では、代表するものと代表されるものの分離する。それゆえ、若者たちの政治離れと、民主主義の機能失効が生じうる。むしろ、あえてそのことを逆手にとりつつ、若者たちの人気キャラクター「初音ミク」に被選挙権を与え、議会に送り出すことはできないものなのか? 今、徘徊しているのは、共産主義という亡霊ではない。むしろ、「共有党」に所属した、キャラクターたちを徘徊させるべきではないのだろうか……? 多くのWeb論において参照先となるであろう『アーキテクチャの生態系』を先日上梓された濱野さんから、ユニークで示唆のあふれる論説をお寄せいただきました。
○黒瀬陽平 「釘宮理恵はなぜ偉大か? ―「役者」から「キャラ」へ」
批評誌『Review House』の編集者の一人で、『思想地図』の公募論文「キャラクターが、見ている。――アニメ表現論序説」をお書きになった黒瀬陽平様に、キャラクターと声優論についての論説をお寄せいただきました。
★ 松平耕一パート
○松平耕一 「特集 ゼロ年代の学生運動――秋葉原事件によせて」
秋葉原事件は、ネットと親密な関係を有した現代的な劇場型犯罪であった。犯人の加藤智大は、ケータイ接続でのネット掲示板に、ディープにのめりこんでいた。加藤において、経済的・精神的な敗北が、ネット上での承認欲求を生じさせていた。実生活における政治的な挫折が、人を言葉の読み書きへと遁走させる。秋葉原事件は明瞭に悪であった。しかし、反社会性は非社会性とは異なる。結果として陥ったことが反社会的な行為であったとしても、社会への興味が起点となっている限り、社会性への芽は、反社会性のなかにはあったはずだ。加藤は、本来、文学か政治かが救済すべきであった。彼の発揮した暴力的な承認欲求が、向けられるべき対象はどこにあったのか。とかくイロモノ的な視線を集めやすい学生運動であるが、これを分析の題材として選ぶ。「政治と文学」の問題を再検討しつつ、善と悪の反転する領域を手探りで進む。
○「特集 ゼロ年代の学生運動① 法政大学文化連盟インタビュー」
学生運動は70年代よりしばしば、「筑波化阻止」をテーマとした。「筑波化阻止」とは環境管理により、学生を動物化する政策であると一つにはまとめられる。市民を訓育するための役割を大学は放棄し、環境管理型の社会が形成されてしまったというのが、すが秀美の嘆きであった。これをちょうど反転させたところに、東浩紀の『動物化するポストモダン』は成り立つ。
本来、学生運動とは、知の倫理的実践を問うたことにその意義があった。しかし、環境管理が進んだなかであったとしても、読み・書き・表現することはネットで行える一つの主体的行為だ。文系大学の役割は、資格の獲得をその主となすかもしれない。だが、真善美の探求と実践は、ネットのなかへと分散し行くはずだ。今、意識的に社会的であろうとする個人は、環境管理に抵抗するというよりも、ネットを活用することでの「大学遍在化」の運動を選択しうることだろう。学生運動を盛んになしている法政大学文化連盟にインタビューをお願いした。
・法政大学文化連盟
http://08bunren.blog25.fc2.com/○「特集 ゼロ年代の学生運動② 花咲政之輔インタビュー@早稲田大学」
2008年4月、早稲田大学で、規制強化に反対している学生への逮捕がなされた。この逮捕への抗議のためになされた学内運動では、知識人への呼びかけを積極的に行っている。呼びかけ人には、池田雄一、すが秀実、峰尾俊彦、鵜飼哲、井土紀州、角田光代、武井昭夫などが集まる。賛同人には、渡部直己、柄谷行人、藤田直哉、佐々木敦、加藤典洋、丹生谷貴志、酒井隆史、大杉重男、攝津正、外山恒一、鎌田哲哉、大澤信亮、白井聡、矢部史郎、渋谷望、斎藤美奈子など多くの方がいる。この運動の呼びかけ人の一人である花咲政之輔氏にお話を伺った。
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http://waseda080401.web.fc2.com/○「特集 ゼロ年代の学生運動③ 古澤克大インタビュー@革命的非モテ同盟」
非モテ問題と社会運動を合体させたことに古澤克大氏の面白みがある。むしろ、コスプレをするように社会活動をなすことが、現代的な感性なのではないか。人々の身に着ける衣装は、自他を分ける文化的な記号だ。そして、倫理的な行為もまた、身にまとう飾りのごときものではないのか。若手の活動家であり、挑発的なエントリを多く書くブロガー、古澤克大氏へのインタビュー。
・革命的非モテ同盟
http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/○「特集 ゼロ年代の学生運動④ 法政大学統一OB会インタビュー」
9・11同時多発テロが起こった2001年。21世紀は「テロルの世紀」だと喧伝された。だが、本当に社会はテロルの時代になったのか。むしろ、暴力的なテロルの芽は、ネットを活用した監視の包囲により、早期につぶされることの方が多い。Webにおけるテクストは、すでに一つの権力となりはじめている。法は、言語的な命と実践的な暴力が合わさるところに成立する。ネットの文章は、あくまで、物理的な暴力から切り離されている。むしろ21世紀とは、ネットにおける精神的な表現活動、「ライトテロル」とでも呼ぶべきものが、全面化されていく時代だと特徴付けられる。このインタビューでは、ゼロ年代の学生運動の裏事情について詳しい法政大学統一OB会のSさんにお話を伺った。
・法政大学統一OB会
http://www.minimal-global.net/united_ob/○松平耕一「ライトテロルの新文学」
日本文学史をひもとく人は、文学作品に込められた過激な暴力的表現にしばしば惹きつけられるだろう。2ちゃんねる界隈やオタク文化に見出される、現在の若者文化での暴力表現も、日本文学史と地続きである。ネットにおける表現活動は、文学を民主的な形で全面化させたものだ。だが、書籍の形態がもたらす内面と、ネットツールに生じる内面は異なる。紙からWebへ。文章量、文体、効果の及ぼし方の変化は、人間の思惟形式と行動様式を変容させる。そして、リアルな公共圏とネットの作り出した公共圏は、闘争状態にある。
だが、大学への所属の有無を問わず、貧乏人も富者も、学歴も年齢も身分も無関係に、すべての人の意見をフラットに結び付けるのがWebである。Webの機能は文系大学を超える。ならば、文系大学は、一度解体されたのち、Web表現者、Web言論人をサポートするシステムとして、再建されるべきではないだろうか。
また、かつては、国家・出版社・マスコミが、一体となって理想的な国民像を描き出していた。ローカルな言論・表現は、国民言語や規範意識を分裂化させていく。大学遍在化とマスコミ遍在化の運動は、国家と個人の形を揺るがすかもしれない。Webにおける人々の行動の軌跡の総体は、「ライトテロルの新文学」を書き上げるだろう。
◎協力
本文デザイン・レイアウトでは、DTPにお詳しい西野積葉(大橋光則)様にご協力頂きました。
「新文学」の発刊にあたり、多くの方の力をお借りしたことを、この場を借りて深く感謝いたします。