清水博子『カギ』 


インターネットに掲載された日記を題材とした小説。
これといった個性のない普通の人のようだけれども、裏に精神的な「病い」のようなものを抱える「妹」と、辛らつなところのある「姉」の、それぞれの日記が交互に紹介されて、テキストが織りなされている。
谷崎潤一郎の「鍵」(一九五六)を下敷きとした小説であり、二人の人物の日記が全体の小説を形作る点で、『カギ』は「鍵」と同一の構成を持つ。


しかし、谷崎の「鍵」は一日の記録が長く、全体の筋のために細部の描写があることが明白だが、一方『カギ』では一日の記述が一行から数行のことも多く、思惟の流れが分裂的である。
また、大部分は衣・食・住でどのようなブランドを消費したかという記録であり、相互のつながりの希薄な、日常的なつぶやきが繰り返される。
「妹」は不特定の他者や夫から、ネットでの日記の発表について批判を受ける。一時的には日記をやめてしまうこともあるが、周囲の声にもめげず、日記を復活させ継続する。
そのあくなき表現への欲求はやや異様にも見えるが、いったい何が「妹」を駆り立てているのだろうか。
そもそもネットにおける日記は、私的領域と公的領域の境を侵食している。「私」とは、私的領域においてはある特定の他者に対して「私」であり、公的領域においては不特定多数の他者に対して「私」であるものだろう。
「妹」は、私的領域で満たされない疎外の感覚を、公的領域とつながることで払おうとしているのかもしれない。
「妹」は自己の凡庸さに気づかずに、それでも公的領域に自己への承認を求め、その結果家族や、不特定の読者から冷笑を買っている。この「妹」の書くウェブ日記から、「悲惨な」印象を読者は受けるかもしれない。しかしこのような「悲惨さ」は、多かれ少なかれ、誰しも陥りうるものなのではないだろうか。
谷崎の「鍵」が推理小説的で明快な結末を持つのに対し、「カギ」がもたらす読後感の悪さには、何かしら本質的な問題が含まれるように思われる。
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