ネットワークゲームと純文学 

変貌するコンテンツ・ビジネス 変貌するコンテンツ・ビジネス
総務省情報通信政策研究所 (2005/07/08)
東洋経済新報社
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この記事では、インターネットにおけるインタラクティビティと、純文学を取り巻く諸環境について考察する。
『変貌するコンテンツ・ビジネス』というビジネス入門書を読んでいたら、ちょっと気にかかるところがあった。
Web上でのネットワークゲームについてのこと。



従来、ゲームといえば、ゲーム会社が制作・販売するカートリッジタイプのROMカセットに収められたゲームソフトのみが存在した。
しかし、近年、新たに、Webを利用した、ネットワークゲームが登場した。
ネットワークゲームの特徴とは何か。

 ネットワークを介してプレーヤー相互の間でコミュニケーションが進展し、ゲーム上にコミュニティが自然発生する。ゲームが進むにつれてコミュニティ自身も変化していく。
 ゲーム会社からはコミュニティの変化(ゲームの進行)に応じて追加的にデータが送信される。このようにしてネットワークゲームのゲームソフト(コンテンツ)は常に変化していく。ゲーム会社から提供されるデータだけではなく、各プレーヤーの間でのコミュニケーションやプレーヤーが関わることによって作られるアイテムなど、ゲームの進行過程で動的に生成され、変化するデータもネットワークゲームのコンテンツを構成する。
 このように、ゲーム会社が提供するソフトとプレーヤーが加わって生み出されるコミュニティが1つの大きなコンテンツを形成していること、そのコンテンツ自体が変容(進化)していくことがネットワークゲームの大きな特徴でもある。


ぼくはオンラインのコンピューターゲームはやらない。
なので、ここで言われていることの正否は、分からない。
しかし、この文章はハッとさせられるところがあった。
Webにおけるインタラクティビティを活かし、いかに消費者をシステムの中に勧誘していくか。
そのやり方というものが、ほかならぬ「ゲーム」というものを題材として語られている。

私がイメージしたのは、1つには「文壇」のことである。
もう1つには「芸能界」のことである。

子供の頃からの疑問がある。
「ゲーム」と「文学」は何か違うのか?

先日、純文学って何でしょうかと、問いかける方を見かけた。
純文学とは何かということについて述べた研究書は豊富にある。
ぼくなどが付け加えることは何もない。
ただ、純文学という言葉の使われ方は歴史的に変遷していて、ブレがあるので注意する必要があるらしい。
1ついえることは、たとえば、志賀直哉の小説のような、詩的な要素の強い私小説に、「純文学」という言葉の中心的な概念があるようだ。

思春期の頃、人はどんな大人に憧れるか?
自分にとって、手が届きそうで、しかし、決して到達できないものを、羨望の対象とするものだろう。
どんな人間を、人生における理想のモデルとするか。
「憧れの人」には2つの性質があるはずだ。

第1に、自分とは異なる性質。
ちょっと変わっていたり、かっこよかったり、おしゃれだったり。
第2に、自分と似ていると感じられる性質。
親身に思えたり、共感できたり、勇気付けられたり。
自分と異なる、プラスの要素の特性。
自分と似ている、共感し、同一化しうる個性。
この二つを併せもつものが、理想の人間像となるはずだ。
そのような理想の「モデル」を持ち、人は思春期を送るものだろう。

テレビ登場の以前には、文壇における純文学がこの役割を果たすこともあったことだろう。
私小説作家はかっこいい。
ぼくもああなりたい、と。
そして、テレビの登場後は、芸能人と芸能界が、このモデルを多く提供したことだろう。

Webにおけるコミュニケーションのことを考えてみたい。
SNSであるとか、2ちゃんねる系のVIPPERのコミュニティとか。
そこに文書を提出する人の個性が露出するタイプのコミュニティがある。
それらは、「純文学的なもの」の世俗化した形だと捉えることができるだろうか。
Webでは誰もが主人公になりうる。
たとえば、オンラインゲームでは、自分が物語の登場人物になれる。
ヒーローになれる。

文学においても、テレビ制作においても。
物語に登場する人間には、乗り越えるべき課題が与えられねばならない。
文学者や芸能人が、何かに挫折したり、何かを達成すること。
そのうねりのある人生。
その対他的な人物相関図が描き出す紆余曲折に、読者や視聴者は共感したり、落胆したりする。
物語の中に引き込まれる。

文壇における文学作品の生産。
テレビ業界におけるテレビ制作。
それぞれの具体的な個別の作品には、それぞれの良さが、もちろんあることだろう。

しかし、上に引用したオンラインゲームに関する文章である。
ここには、コンテンツの制作に対する、本質的な批評が含まれている気がする。
どんなふうに、皆の憧れるヒーローを作るか。
どんなふうに、多くの消費者に受け入れられるヒーローとヒロインを提供するか。
どんなふうに物語を盛り上げる「仕掛け」を作るか。

どんなふうに、物語へと参与しうるシステムを制作するか。

文芸誌へと作品を投稿することで作家になる。
高倍率を勝ち抜き、新人賞獲得の栄誉を得られたものは、文芸誌での活躍の機会を与えられる。
その結果、生活が保障されたり、あるいは保障されなかったり(?)する。

芸能オーディションを通過する。
難関を潜り抜けたものだけが、芸能人としてテレビ番組に出演する。
数年で、飽きられてしまうこともあるかもしれない。

それらのことよりはるかに簡単に、Webでは物語の主人公になれる。
SNSにブログ、オンラインゲームに掲示板。
活躍を妨げられる障壁は、定期的に与えられねばならない。
それらを乗り越える過程などの総体が、1つの物語として、コンテンツを形成する。

自分の閉じ込められたセカイというものから、外へと出ることは不可能なものかなと沈黙させられた。

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