市野川容孝『社会』 

社会 社会
市野川 容孝 (2006/10)
岩波書店
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「社会」という言葉を聞いて、想起するものってなんだろう。
たとえば学校の科目。
国語算数理科社会の社会。

ぼくはあんまり好きな科目じゃなかった。
暗記ばっかりさせられて。
いろいろなことを知れるのは、ちょっと面白いけれども。
機械的に情報を覚えることに何の意味があるのか、いまいち分からなかった。

社会という言葉。
マニアックなところでは。
社会主義の社会。
そして、「社会党」の「社会」なんてものもある。

「社会党」って一体なんだったのでしょう?




村山さんが首相になって。
その後、すっかり見かけなくなった社会党。
ここ十年であっという間に忘れ去られた、謎の政党。
戦後から九十年代までには、それなりに存在感があった。

社会党って、アレだろ。
自民党のオマケみたいな奴。
アメリカに従順する自民党があって。
どちらかというと、ソ連側を肯定する(そうでもなかったのか?)社会党があって。
でも、結局は日本における体制の一部で。

社会党と「社会主義」は関係があるのか。
いや、ほとんど関係ないのだろう、という社会党。
社会党は「社会主義」を目指してなんか、いなかったでしょう?

そもそも、「社会主義」って、言葉からして嫌いだなあ、ぼくは。
「社会主義研究会」なんてサークルは、目の上のたんこぶみたいに思っていた。
「無政府主義」と「共産主義」は、割と共感できる。
あまりにも無理であることには、ロマンがある。

日本において、「社会」という言葉が急速に失われている。
さらには、「社会」という言葉の起源が忘却されてもいると、市野川は指摘する。

たとえば、ドイツやフランスでは、法の条文に、自国は「社会的」な国です、という説明があるそうだ。

「社会的な」国って、なんなんでしょう。
日本語的にはおかしいよね。

国って、それ自体すでに、社会でしょう。
日本語では。

「社会」という言葉は、輸入された言葉である。
日本語に翻訳される段階で、何かしら、抜け落ちた概念があるそうな。それは何なのか、という話。

「社会的な国」。
ヨーロッパでは、社会的だということは所与のものではない。
人為的なものであるとのこと。
前近代から、近代へと移る過程。
近代の国家は、どのように成立してきたのか。
社会的になる、とはどういうことなのか。
様々な、鍵となる思想家を取り上げ、考察している。

ルソーに関する項など、大変勉強になります。

本書では、「社会的な国である」ということは、日本語では、福祉国家のことを指す、という結論へと導かれていく。
「福祉国家」になるって、いいことなのかな。
市野川の目指すべき地点が、福祉国家であるということには、まあ、ちょっと、異論が出るところかもしれないけれども。
社会党というものも、現実的なレベルで頑張っていたのかもしれない。

言葉の交通整理を行なうのに、とてもいいテキストでした。
面白かったです。

■■■
以下は、本書の記述からえた、ルソーの社会観に関しての、私のメモである。

『人間不平等起源論』ののち、7年たってから『社会契約論』が刊行された。

『人間不平等起源論』における「社会」と、『社会契約論』における「社会」は言葉の内実が異なる。

○『人間不平等起源論』では、当時の、宮廷を中心とした身分制のある、不平等な「政治社会」を、「自然状態」の側から批判している。

『人間不平等起源論』では、「自然」とは平等な状態である。

所有権がなければ、不正がないはずという思想をルソーは批判している。

自己愛は、自他の同化を招く。

自然人は自己愛を行なうものであり、自他の区別がなく、他者に無関心であり、「名前」を必要としない。

一方、社会における人間は自尊心を抱くものであり、これが、自他の「比較」を生み、不平等を招く。

自他の関係性から生じる「比較」は、嫉妬や羨望、憎悪を導く。

『人間不平等起源論』における「自由」と、ニーチェの「自由」は近い。

○一方、『社会契約論』における社会は、「社会的な社会」とでもいったもので、「平等」を創出するものとして位置づけられる。

『社会契約論』では、「自然状態」には、肉体的、精神的不平等があると考えられている。

肉体的な不平等などを、道徳的、法的手段により平等なものにするのが、「社会的な」「社会」である。

『社会契約論』では、ルソーは所有権を肯定している。

「自尊心」と「私的所有」が、自他の分離を行なうのである。

自然人においては、平等と不平等が混在する。

というよりむしろ、平等か、不平等か、という区別自体がほとんどない。

自他が癒着しているためである。

平等か、不平等かという弁別が生まれるためには、自他の分離が必要となる。

「社会的な」社会においては、私的所有は再分配され、平等をもたらすのである。
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