大泉芽衣子『夜明けの音が聞こえる』 

夜明けの音が聞こえる 夜明けの音が聞こえる
大泉 芽衣子 (2001/12)
集英社
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マタギに憧れる。
東北の山の中で、狩猟生活をする。
何ヶ月も人に会わない。
食うもの、寝るところを自力で確保し、寒さや闇と戦う。
修験者みたいで、魅力的だ。

「喋る」ということは、楽しいことだろうか。
それとも、面倒くさいことだろうか。
 


 
動物は、言語を持たない。
動物は、「放心」のなかを生きている、といえるのかもしれない。

人間はどうか。
人間は「放心」のなかを生きれるものだろうか。

他者をそれとして認識する。
ある他者の言葉を、それとして受容する。
他者と自己を比較する。
自己の内面で生じた言葉を、表に出さずに、自己の中に保存する。
他者と自己との比較は、自尊心や羞恥心を招く。
「言葉」の獲得は、自意識の劇をもたらす。

『夜明けの音が聞こえる』の主人公暦彦は、「病みたい」と考える。
言葉を失い、喋れなくなることを望む。
高校へと通わなくなり、病院にかかるようになる。
なぜ暦彦は声を失ったのか。
家庭に問題があるわけではない。
学校へも齟齬なく通っていたようである。
なぜ主たる原因もなく、暦彦は世間の一般的ルートからズレてしまったのか。

不良たちとつるむシーンなど、描写が生き生きとしていて面白かった。
ホテルでのアルバイトや、新聞配達を行なう場面にも精彩がある。

暦彦は呟く。
「屈辱的な監視の中で、ぼくはやっと不幸になれる」と。
心の浮き立つ新しいものなど何もない、時代の空気。
欝な気分が本書の文面の端々から伝わってきて、共感する。

話は変わるが。
ぼくは、無人島に一人きりで、自給自足の生活を送りたいと願う。
しかし、今は都市に住んでいる。
都市に住んでいるからには、社会なり、他者なりと交錯して、生きて行かねばならないのだろう。
「言葉」というものの中で、自尊心と羞恥心に縛られてあるのは、うっとうしいことではある。
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