「「必読書150」研究」 

Web文芸誌制作フォーラム」をどんなふうに運営していくべきか。
おおよそ、ぼくの中で固まってきた。
 
 


「Web文芸誌制作フォーラム」の編集権について。
ライブドアIDを持つ人だけが編集できるよう、変更した。
参加者にとって、目に余るような編集を行なう人には、編集権を渡さない。
ライブドアIDで識別して、編集を禁じる。
多数の参加者たちから、信頼されない人が編集権を持っていると、サイトから人が離れていってしまう。
ライブドアIDを使うことで、荒らしへの対策の一つとする。
皆が紳士に、サイト制作を行なってくれることを望む。

「Web文芸誌制作フォーラム」は、良質なコンテンツを、じっくりと時間をかけて集めていきたい。
身の周りの人々が、面白い、楽しい、意義がある。
そう思える文章を、ちょびちょびと集積させていく。
まずは、それを着実にやりたい。

現在ぼくは、「Web文芸誌制作フォーラム」とは別に、「「必読書150」研究」というサイトを作成中である。
トップページの文面は、今後大幅に変えるかもしれない。

サイトの形は、「Web文芸誌制作フォーラム」と同じフォーマットを使う。
ライブドアウィキ+匿名掲示板ですね。

「「必読書150」研究」も「Web文芸誌制作フォーラム」も形式としては似た感じのサイトである。
「「必読書150」研究」」は、「Web文芸誌制作フォーラム」に対して、どのような特色を持つのか。
「Web文芸誌制作フォーラム」は創作と批評がメインである。
著作者の、個人的な技能や個性が多く問われる。

一方、「「必読書150」研究」は、「必読書150」のテクストを、着実に誠実に読む形での運営を志す。
「必読書150」にまつわる、現実的な「事実」を収集したい。
ウィキペディアの、作家・哲学者に関する記述は存外役立つ。
「ウィキペディアの強化版」ということをさしあたっての売り文句にして、編集参加者を募る。

またたとえば、「必読書150」と関わる、Web上で読めるテキストへのリンクを集める。
「必読書150」を読むにあたって、参考になる著作のリストを作る。
最低、これら二つの作業を行なっておくだけでも、文系の学科に通う学生にとって、役立つサイトになるはずだ。

また、「「必読書150」を読む会」で使うレジメを、匿名の形で、直接「「必読書150」研究」にアップしていきたい。
「「必読書150」を読む会」の参加者それぞれが、皆で、一つのレジメを作るなんてできたら、面白かろう。
調査は、多人数で行なったほうが、成果が豊かになる。
いわゆる「共同研究」にあたるものかもしれない。
これをWebサイトで、ウィキという形式を利用してやることは、目新しい、実験的な試みになるはずだ。

以前からの不安がある。
ゼミや研究会で使うレジメ、その後の研究成果に結びついているかな?
ゼミや研究会のレジメって、きちんと有効活用されているものが、少なくはないか?
せっかく調べたことなのだから、人類にとって役立つような形で、保存していくべきだ。
ならば、直接、レジメをWebに打っていけばいい。

Webを使い、既存の「研究」概念と、ちょっと異なる、変なことをやりたい。
大学等の学術機関とは違った、「研究」のスタイルを模索したい。

ところで、「大学解体」は、実は既になされている、といった趣旨の論を見かけたことがある。

「大学解体」は、実は既になされている。

「大学解体」というのは、新左翼運動のスローガンの一つだったっけ?
どうして、「大学解体」はなされなければならなかったのだろう?

しかし、大学というのは少なくとも、物質としては、残っているようだ。
しかも、いぜんより、一層、豪奢に華美になっている。
ビルとか建物とか、そういう部分においてね。
某大学の新施設の一階には、コンビニがくっついていた。
清潔感に溢れた、クリーンなコンビニエンスストアである。

また、近代文学は終わった、という論をしばしば見かける。
そうか。
近代文学は終わったのか。
しかし、物質としての文芸誌は毎月発行されているようだ。
「近代文学」風な小説も、そこには毎月掲載されているようだ。

「大学解体」はなされたのか。
「近代文学」は終わったのか。

人質をとられたとき。
自分の大切な人を、犯罪者に奪われたとき。
莫大な身代金を要求されたとき。
身代金を払わなければ、人質を殺すぞ、と脅されたとき。
ぼくらはどうすればよいのか。
ぼくらはこうすれば良い。
まず、人質を殺し、次に、犯人を殺す。
そうするしかないだろう。

「Web文芸」と「「必読書150」研究」という二つのサイト。
この二つのサイトで考えたいことがある。

「近代文学」は終わったのか。
「近代文学の終わり」以降、ぼくらは、「文学的なもの」を紡ぐことができるのか。
「大学解体」はなされたのか。
「大学解体」はなぜ、なされなければならなかったのか。

ぼくは、ぼくの歌うべき歌を歌う。
一緒に踊ってくれる人を待つ。
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