Web上への要約文掲載には違法性があるのか 

学術論文のための著作権Q&A―著作権法に則った「論文作法」 学術論文のための著作権Q&A―著作権法に則った「論文作法」
宮田 昇 (2005/08)
東海大学出版会
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学術書を要約した文章がWebへとアップされているのは、しばしば見かける。
適当な書名を入れて検索をかけてみれば、様々な書籍に関するもので、散見できる。

要約は国語の勉強の基本であろう。
小中高大どこででも、要約がきちっとできるか否かは、基礎的能力であろう。
何かの作品をゼミや研究会で取り上げたとき、要約ないし、要約的なものは、多く、必要となる。
ただ、この件について、著作権法との絡みで、気になるところがある。
 


まず、「適法引用」について確認する。 
「学術論文のための著作権Q&A―著作権法に則った「論文作法」」によれば、「適法引用」とは以下のようなものであるそうだ。

著作権法は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」(第32条1項)とあります。


引用を行なうには、「公正な慣行」に合致しなければならない。
そして、判例から、以下のようなことがいえるそうだ。

① 主従関係―自分の著作が主であって、引用される著作が従であること。
② 必要最小限度―自説の補強に不可欠であり、必要最小限度であること。
③ 明瞭区分性―引用した個所を明らかにすること。


「適法引用」にするためには、「自分の著作が主であって、引用される著作が従であること」が必要である。
しかし、Web上で、「自分の著作が主であって、引用される著作が従であること」を、行なっていないものも見かける。
また、ゼミや研究会で提出されるレジメ自体、この法律に照らし合わせれば「適法引用」ではない。
課題図書を精読し、重要点を書き抜き、あるテーマのもとへと編纂する段階に、レジメというものは、位置している。
教育の現場や、研究の過程においては、「適法引用」でない状態の文章は、存在するということを確認しておきたい。

さらにまた、「要約」は、適法引用にならないそうである。

行政、専門家は、要約はダイジェスト(digest)であって、著作権法第27条の翻案権が働くので、適法引用には当たらないとしています。また抄録(abstruct)ならば、許される場合があると判断しています。


著作権法という専門分野でなく、また学術書とはいえないまでも、それに類似したものを書いたことのある私は、やはり、大筋は適法引用でいき、必要とあれば、対象にする著作物をよく咀嚼して、事実のみの抄録をいれたり、忠実になるべく短く、少なくとも対象とする著作物をぎりぎり第三者的に、自分の表現で纏めたものを、あいだあいだにはさんでいかざるを得ないと思います。それを要約と見るか抄録と見るか微妙なものがあります。


抄録はOKだが、要約は×、とのこと。
この、「抄録」と「要約」の言葉の定義の違いなど、広辞苑でもほとんど区別がないように見える。

少なくとも、「学術論文」内部では、「要約」を使ってはいけないということを受け入れたとして。

第一に、学校等の教育現場での「要約」および「要約文」のコピーは、適法であるのか。
第二に、学校でない自主ゼミ的場での「要約」および「要約文」のコピーは、適法であるのか。
第三に、それらのWeb上へのアップは、適法なのか。

第一と、第二のものは、慣行としてなされている。
第三の、要約文のWeb上へのアップが、ぼくは気になっている。
学術書の要約文を、相当量の「自分の意見」を付さずに、Webへとアップする行為には、違法性があるのだろうか。

気になる。

著作権法は親告罪であるため、著作権者が著作権侵害者を直接訴えない限り表面化せず、第三者である公的機関が独自に動くことは基本的にない。
つまり、著作権者が、著作権侵害者の文面を百パーセント読まない状況にある場合、違法性が問われなさそうではある。

また、著作権者が著作権侵害者を法廷に訴えるのはどのような場合か。
たとえば、引用者なり要約者なりがその引用なり要約なりによって、金銭的利益を得るなり、それと似たことなさない限り、罪には問うことは少ないだろう。
著作権者が、裁判沙汰にするだけのモチベーションを駆り立てられるには、よほどひどいことが行なわている場合に絞られそうではある。

実際問題として、学術書や、また、小説の内容の要約はいろいろなところで見かける。
研究書。
作家紹介の解説書。
学習参考書。
ウィキペディア。

たとえば、高校生向きの国語便覧では、川端康成の「雪国」の、ストーリー紹介みたいなものなどが、必ずついている。
ああいうのなら、著作権法的に、大丈夫なのだろうか。
国語便覧は「作品紹介」であって、「要約」とは異なるのだろうか。
両者の線引きはどうなるのか、少し不思議である。

文章要約は難しい。
よほど力がないと、要約文など書けるものではない。
小学生で、要約文の書ける生徒などいない。
大学の試験では、とくに英語などの領域で、要約力が問われることが多そうだ。
大学生でも、適切な要約をすることは、難しかろう。
要約できるかできないか。
それは、文章を読めているか読めていないかと強く関わりがあろう。
何が重要であるか、重要でないかを見抜くこと。
要点を抽象して抜き出し、つなぎ合わせること。
指定された字数にまとめること。
これらは、文系の勉学で磨くべき、最たる力である。
学校教育でも、要約の能力のアップにもっと力を注ぐべきではないか。

もっとも、ある文章をある人々に要約させたとして、百人が百人、同じ要約文を書くということはありえない。
百パーセント正しい答えというのは、要約においてない。
なので、話がややこしくなる。
要約文の作成者の恣意が入るかもしれない。
そこには常に「同一性保持権」の侵害の恐れが存する。

では、要約とは、基本として、「違法性のある行為」なのだろうか。

著作権法は細かく見ていくと、面倒くさい内容の含まれた話である。
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