Webにおける読書メモの違法性 

インターネット完全活用編―大学生のためのレポート・論文術 インターネット完全活用編―大学生のためのレポート・論文術
小笠原 喜康 (2003/08)
講談社
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この記事では、第一に、レポート・論文における適法引用の必要性について考える。
第二に、Webにおける書籍・論文に関するメモ・ノートの類の掲載は違法といえるのか、検討する。

 
一、レポート・論文とは何か

論説文や随筆文は、以下の二つの部分からなると見なせる。

1 事実
2 筆者の意見

事実と、筆者の意見。
これら二つである。
先行研究や書籍から、論者が読みとった「事実」に関する記述は、レポート・論文には必ず含まれる。
客観的事実は論における肉となる。

そして、論者の、他と異なる固有の意見というものもまた、論文には必ず含まれる。
筆者の意見は論における骨格となる。
ある論は、その論のみが持つ、その論独自の個別的な性質がなければならない。
でなければ、その論は、論足りえない。
別のものと代えの効かないことが、ある論文をある論文足らしめる条件である。

ある「主張」を行なうために、客観的事実を収集する。
事実を編集する。
自己の意見に合う形へと、客観的事実を再編成する。
自己の意見を添えて、一つの論説文として完成させる。
これが、大学で扱われるレポート・論文の基本的な作成法であろう。

高校生までの教育が要求することと、大学以降の課程で必要となる能力は異なる。
ある質問に対する回答を暗記しているか。
ある質問に対する回答を探し出せるか。
それが、高校までの教育で、学ぶべきことだといえるだろう。
高校までの教育では、A=Aという事実の暗記を、集積させていくことが中心となる。

しかし、大学以降の教育課程では、自己の意見の主張や、自分で作った問いに対し、自分で回答する能力が必要になる。
これを実践するのがレポート・論文である。

レポート・論文における肉とは、「事実」である。
そのため、部分部分で「引用」が必須となる。
「引用」の行ない方には注意すべき点がある。
レポート・論文で、ある引用を行なったとする。
その引用に対して、論者が解説を行なわないことは、ルール違反になる。
引用は、論全体の主張のなかで、確実に必要なときに、最小限の範囲で行なわなければならない。
引用文を吟味し、自己の意見へと沿わせ、論全体の中へと組み込んでいくこと。
この作業が丁寧に行なえているかは、レポート・論文のできを左右する。
そう考えれば、「適法引用」とは、よい論文を作るために踏まえるべき手続きを指した言葉だと考えられる。

「適法引用」を適宜行ないつつ、ある事柄にまつわる事実を収集・編集し、自説を展開する。
人文社会科学の基本的なレポート・論文の作成術である。

そして、同様の手続きは、書籍の刊行の過程でも言えそうである。
「適法引用」をきちんと行なえていない書籍が刊行されてはならない。

二、Webにおける書籍・論文に関するメモ・ノートの類の掲載は違法といえるのか

「適法引用」に関する過去の判例から、次のような条項がいえる。

質的にも量的にも、引用先が主、引用部分が従でなければならない。

Webで、この条項を守らない文章には、違法性があるとみなせるようだ。
しかし、わたしはこの考えに反論する。

もしも、引用においては、質的にも量的にも、引用先が主、引用部分が従でなければならないとしたら、Webへの、読書メモ・読書ノートの類の掲載は、違法ということになる。

著作権法は、著作権者の権利を守るためにある。
書籍の刊行においては、もちろん「適法引用」が守られるべきだ。
「適法引用」がなされず書籍が出版され、その著作権者がお金を稼いでいたら、それは確かに犯罪であろう。
明確に、引用部分のもととなった著作物を書いた、著作者の権利を侵害しているからだ。

しかし、ある著作物に対するメモ・ノートの類をWebにアップすることは、その著作物を書いた著作者の利益を損なっているといえるのか。
その著作物への注意を喚起し、公衆への購買欲を喚起することはありうるだろう。
つまり、むしろ、著作権者の利益になりそうではないか。
その著作物に関するメモ・ノートがWebにアップされることで、著作権者は、本当に不利益をこうむりうるのか。

また、大学でのゼミ発表におけるレジメとは、先行する書籍・論文のメモ・ノートを集積したものであるのが普通だ。
「自己の意見」を固めていくための基礎資料である。
書籍・先行論文に掲載された事実をストックするものとして、メモ・ノートの類が重要になる。
それらがレジメにおける肉となる。
そこで、「適法引用」における次の条項。

質的にも量的にも、引用先が主、引用部分が従でなければならない。

この判例を遵守するなら、ゼミでの、さらには、学会における発表のレジメにすら、違法性が生じるものはあるはずだ。
「量的」という部分においてである。
参考資料の方が本文より長いレジメというは、一般にみかける。

もちろん、大学や学会での、「適法引用」に疑念があるから、「適法引用」は無視していい、と述べているわけではない。
ただ、「質的にも量的にも、引用先が主、引用部分が従」ということは、もともと、そのようなものでなければ、著作物として認められず、刊行されるべきでないからだ、ということを忘却してはならないだろう。

そして、本や論文というのは、一方向的なものであり、静的なものでもある。
一方、Web空間とは、双方向的なものであり、「過程」に存する動的なものである。
たとえば、次のような文章がWebにあったら、これは適法引用であろうか。
それとも違法な引用であろうか。


「○○○○」は『○○○○○』(○○○○年、○○○○社)で次のように述べている。
「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」
これはどういう意味でしょうか?


このような問いかけの文はどうなのか。
大部分が引用のみで形成され、「筆者の意見」付されておらず、疑問の提示に留まる。
違法なのだろうか。

Web空間とは、双方向的なものであり、動的なものである。
出版された静的な書籍とは異なり、このような問いかけの文章は、Web上に存在しても良いはずだ。
さらに、そのようなものの延長として、書籍・論文に関するメモ・ノートの類を位置づけることはできないだろうか。

参考文献
小笠原喜康『インターネット完全活用編―大学生のためのレポート・論文術』(2003/08、講談社) 
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