東浩紀・笠井潔『動物化する世界の中で』 

動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評
東 浩紀、笠井 潔 他 (2003/04)
集英社
この商品の詳細を見る


中盤から、東浩紀笠井潔にキレにキレまくる。
最後にはお互い、これは独り言だからね。
とかいいながら、手紙を送りあう。
変な対話集。

こんなしょうもない本を出すなよ、など。
破綻していると評する人も多いよう。

でも、読者の気持ちを煽るという点では、それなりに成功しているのかもしれない。
 



 
9・11をどう考えるのか、というのがテーマ。
二〇〇二年の二月から、その年の暮れにかけてWeb上でなされた往復書簡集。
東が柄谷行人を罵倒するところから始まるその出だしからして不穏。
このころだと、NAMをやっている最中の柄谷ですね。

東は自己の体験の核を、八十年代のサブカル文化に求める。
一方、笠井は、六十年代の新左翼運動に求める。
笠井からすれば、八十年代のポップカルチャーの根は、新左翼運動のなかに、すでにあったのだということ。
笠井は、「左翼」と「新左翼」の二つを分け、左翼はモダン的なもの、新左翼はポストモダン的なもの、と位置づける。

東は、笠井が「左翼」と「新左翼」を分けることの意味を理解できていない。
一緒くたにして忌み嫌っている。
その点で、二人の話し合いに亀裂がある。
たとえば、東の次のようなセリフ。

もはやレトリックを駆使している場合ではないと思うので、失礼を承知で率直に記しますが、笠井さんは実は、きわめて八〇年代的な心性や世界観をもった書き手なのではないでしょうか。その根拠は「生涯一ガキ」宣言だけではありません。実際、出版リストを見るかぎり、当時の笠井さんは、決して反時代的な左翼として硬派な社会批判を繰り広げていたわけでなく、大衆文化論を上梓し、ベストセラーの伝奇SFを売り上げるなど、八〇年代の「消費社会」とかなりシンクロした仕事をなさっていたはずです。(中略)笠井さんが八〇年代の空気を適切に捕まえていたことを証拠立てている。


全一六信の手紙のうち、一三信でようやくこんなことを言い始める東に驚かされた。
いや、笠井の方としては、最初からそういうつもりで話をしていたんでしょ。

日本における思想史・運動史の展開に注意を払わずに倫理を語る東に、笠井は終始困惑気味。

ドストエフスキーとルカーチを、初発の段階で、実存的なよりどころとした笠井。
80年代以降のオタク文化の上に乗る東。

ぼくとしては、両方の、おいしいとこ取りをしたい。

でも、笠井から、たくさんの言葉を引き出したのは、東の功績だといえる。
東のパワーは見事。
彼は、知というものを変革の手段として強く信じているのだな。
頼もしく思う。
 
スポンサーサイト
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

松平耕一

Author:松平耕一
○twitter登録名:matudaira
○ツイッターまとめ:http://twilog.org/matudaira
○Facebook登録名:松平耕一

☆文芸空間社企画
◎批評放送
・批評放送は松平のプロデュースする動画配信企画です。ツイキャス http://twitcasting.tv/matudaira 、youtubeなどで配信されます
批評放送@USTREAM

○松平耕一・文芸空間社・批評放送へのカンパ振り込み先は
・三菱東京UFJ銀行の吉祥寺支店普通口座1896022 マツダイラ コウイチ 宛になります

管理者ページ

FC2カウンター
ツイッター@matudaira
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
全記事(数)表示
全タイトルを表示
カテゴリー


  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。